ジューダス・クライスト【第十九話】
お題:異世界転生・歴史探訪
嘘つき同士の友情・最期の晩餐
希望と空虚・臆病者
据え膳食わぬは男の恥
正解と正しいは違う
ローマ軍は走らない。ただ一歩、前へ出る。
盾が前に出る。重なる。壁になる。
そのまま都市の中へ入ってくる。
その先頭に、鷲があった。
アクィラを掲げるレギオン。
ローマである。
だが、先ほど押し返した
ピラトのそれとは違う。
私と絵守は神殿の屋上にいた。
その縁に立って、街を見下ろしていた。
「何人いる?」
私はおっかなびっくり絵守に聞いてみた。
「三軍団。いや、それ以上だ」
蒼ざめたように絵守が応えた。
「じゃあ一万五千か」
「いや
それに補助兵が五千はいる。二万だ」
「無理じゃん。こっちの倍じゃん」
「嗚呼。だが問題なのは量より質だ。
こいつら、練度が違う。
普通レベルの兵じゃない」
「どれくらいだ?」
「ピエトの地元駐屯ローマ軍は補助軍
アウクシリアが中心だった。
まあ派出所のお巡りさんとでも思え。
対してこいつは
正規軍と遠征軍の複合部隊、レギオン。
本気の戦争仕様だ。
ナチスの第一SS装甲師団
ライプシュタンダルテとでも思え」
「まさにユダヤキラーじゃないか」
冗談になってなかった。
「本当に冗談じゃねえよ。
まさかウェスパシアヌスが出てくるとはな。
正直参った」
「誰だよ。覚えにくい名前しやがって」
「知らないのか。
君だって作家の端くれだろうに。
ウェスパシアヌス。
今は無名だが、後に教科書に載る。
ブリタニアで二十都市を落とし
ネロの時代にユダヤ戦争を終わらせた
後の第九代ローマ皇帝だ」
「マジですか」
「史実通りなら
本来は着実に土台を固めて
詰みに持ち込むタイプなんだが…
この戦力差だ。
潰せる時は正面から潰しにくるだろうな。
逃げ場を作らず、隊列崩さず
押して、踏んで、終わりってとこだろう」
「とりあえず止まんないってことね」
私の能天気な言葉と同時に
ローマ軍が動いた。
合図は聞こえなかった。
しかして全体が同時に一歩を踏み出した。
それだけで、戦いは始まった。
盾が前に出る。重なる。
壁になる。そのまま進む。
群衆がぶつかる。
叫び、石を投げ、押し返そうとする。
だが止まらない。
前進が止まらない。
一歩。それだけで、前にいた者が下がる。
下がらぬ者は倒れる。
倒れた者の上を次が踏む。
「押せ!」下で指揮を執っていた
ペテロとシモンが叫び
ゼイロータイたちと
共に剣を振って突っ込んだ。
刃が盾に滑る。間隙が、ない。
ペテロたちはそのまま
盾に押し返されて地に臥した。
ローマ軍は、戦っていない。
ただ、進んでいる。
その動きは、波ではない。壁である。
しかも、前に進む壁。
「なんじゃこりゃ。
戦いになってないじゃん」
「嗚呼。人型のプレス機だな。
処分場だ。人がゴミのようだ」
「ムスカってる場合じゃないぞ。
ペテロやシモンたちが
踏み潰されてるじゃないか」
列は崩れない。
一人が倒れても、後ろが埋める。
ローマ軍は更に速度を上げる。
決して走らない。だが速い。
後列が前列に寄り、間隔を詰める。
圧が増す。悲鳴があがる。群衆が崩れる。
押される。潰れる。逃げ場がない。
ウェスパシアヌスは見ている。
叫ばない。命じない。
ただ確認している。
予定通りかどうかを。
これは、勝敗のある戦いではない。
結果の確認である。
と言わんばかりの
実に悠揚たる佇まいである。
「あいつ、何もしてないな。
もう最初から詰ませた気でいやがる」
私はその泰然自若とした
涼し気で太々しい態度に、選評で
「読者を退屈させ
辟易させる点においては出色である」
と私をクサした文壇の
大御所気取り作家の影を重ねてムカついた。
ローマ軍が更に踏み込む。
ついに神殿の石段が軋む。
人が崩れる。鷲が前に出る。
その下で鉄が進む。
誰もそれを止められない。
何故なら、それは
人の動きではないからである。
それは、決まったものがただその通りに
進んでいるだけの現象だった。
ポンティウス・ピラトの軍が
人間だとしたら
ウェスパニアヌスの軍はシステムだ。
「野郎。
プログラマー気取りが高みの見物か」
「おい筆山君。
こりゃ僕たちも年貢の納め時だ。
大人しく投降するかないぞ」
「否。君は言ってただろう。
僕にだって奇跡が起こせるかもしれないと」
「え?そりゃあ君は今
主の身体だから、まあ…」
「中身が変ったら、奇跡も寝たまんま
起きてくれないだろうってか?馬鹿野郎。
起きないのを起こすのが奇跡だろうが!」
現状に絶望する絵守の前に
私はゆっくりと手をあげた。
それは本来、かつてパンを生み
病を癒やし、嵐を止めた救世主の手である。
私は丹田に力を籠め
そこで練り上げたチャクラ的なものを
掌から放出させた。
すると、何と言うことでしょう。
私の掌から、次々とコッペパンが
溢れ出てきたではありませんか。
「なんと!君、こんなことができたのか!」
「ほら見ろ。
人間、やってみないとわからない。
否。今の僕はイエス・キリスト。
人を導く神たる存在だ」
「筆山君。
あんまり調子に乗ってもしょうがないぞ。
大体、手からパンが出せたからって
この状況が覆るわけじゃないだろう」
「ほほう。神の力を侮るか人間よ。
所詮は君も十二使徒として僕のことを
信じ切れなかったようだね。
ぶっちゃけ他の使徒、全員逃げたよね。
途中から一人もみかけてないよ。
ペテロとシモンはぺしゃんこになったけど」
「史実でも彼らは全員逃げたんだ。
この状況で彼らが逃げないわけないだろう。
というかそんなことを
言っている場合じゃない。
ローマ兵はもうすぐそこまで来ているぞ。
ほら、石段を登る
無数の軍靴の音が聞こえないか」
言われてみれば凄い圧を纏った足音の塊が
ここ神殿屋上の
すぐ下の層まで近付いてきていた。
これはもう、やるしかない。
🍎アカリ🍎
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