ジューダス・クライスト【第三十五話】
お題:異世界転生・歴史探訪
嘘つき同士の友情・最期の晩餐
希望と空虚・臆病者
据え膳食わぬは男の恥
正解と正しいは違う
その瞬間
絵守の頭の僅か上辺りの空間に突然
ガラスを殴ったようなヒビが入った。
次の瞬間、そのヒビを突き破って
何かが飛び出してきた。
空の景色が、割れたガラスのように
粉々になって四方に飛び散った。
彼方から飛び出してきた塊は
筆山の前に立っていた。
胸元が大きく開いた黒シャツ。
その下のしなやかに鍛え上げられた筋肉。
黒皮のパンツにブーツ。
背に大剣を携えて
両手には拳銃を構えている。
膝下まである赤いレザーコートに
身を包んだその男の顔は
かつての筆山と同じ顔をしていた。
「筆山君。彼はどうも
今生の君の顔にそっくりだがね。
知り合いかい?」
絵守にそう問われて
筆山の脳髄に電流が走った。
彼は全てを思い出した。
そう、あの時の全てを。
「お前!トニー!トニーだろう!
このドイツ軍の裏切り者め!
あのクリスマスの塹壕で
くたばってなかったのか!」
トニーはムッっとした表情で筆山を睨むと
以前より少し流暢な口調で話し出した。
「サタンを追って来てみれば
嫌なヤツに会いました。
当時の私は憑依体質。
人の夢に魂を憑依することができました。
しかし、私の憑依力は微弱なものだったので
憑依したところで
身体の主導権は当人のまま。
私はただ魂として見ているだけ。
筆山さん。私は確かに
あなたの夢にあの時憑依していました。
しかし先にも言ったように
私の憑依力は弱く
魂の半分も移すことができません。
大体、四分の一程度でしょうか。
それだって、あなたが夢の中で死 ねば
私の寿命は四分の一が
とこ失われることになります。
私はあなたの他に
波佐間という男にも憑依していました。
彼も最終的には撃ち殺されてしまいました。
私の寿命はこれで残すところ僅か半分。
もう半分の寿命は
本物の私の魂にありました。
その行方は、あの時の私にも
わかりませんでした。
ところが
残った私の魂はあなたの中にいた。
本物の私の魂は、フランス軍を抜け
フラフラしているうちに
ドイツ人に間違えられて前線に加えられ
わけもわからず戦っていたのです。
それをあなたはいきなり殴り倒した。
おかげで私の寿命はカラッキシ。
これはあの時のお返しです。
謹んで受け取ってお納めくださりやがれ」
トニーの姿が筆山の視界から消えた。
と、思った瞬間
筆山は遥か後方に
十数メートルも吹っ飛んで転がっていた。
「ま、待て。暴力はいけない。
そもそも君が隊を脱走なんてしたから
僕があんな目に会ったんじゃないか」
筆山は夥しい量の鼻血を
地面にぶちまけながら
膝をついて情けなく抗議した。
「どの口が言いますか。
まあ、過ぎたことはもうどうでも良いです。
不幸中の幸いにして
絵も入賞したことですし」
「絵ってなんだい?
あの、僕らが夜道で殴り合いをしている
粗野な絵かい」
「え?ではあなたは、あの絵の作者?
非業の死を遂げた天才画家
トニオ・サルバドール・
マクダニエル・ゴンザレスさんですか?」
絵のことを聞いていた絵守が
握手会で推しと初対面中。
みたいなキラキラした瞳をトニーに向けた。
「トニー。
君、そんなめんどくさい本名を
背負っていたのか」
筆山は既にトニーの本名を
出鱈目なダウナー交わしつつ
忘却の空へと屠っていた。
「そういうあなたは、絵守画伯ですか。
あなたの絵も実に素晴らしかったですね。
個人の多面性と
それに付随する幾重もの可能性が
あのシンプルな佇まい一つに
集約されていました。
あれは生中な観察眼で
為し得る技ではありません」
トニーの賛辞を受けた絵守は
ライブ中の推しに過剰なレスを貰った人。
のような感じで恍惚としている。
「お近づきの印に
この剣を差し上げましょう」
トニーは何もない空間から
直剣のような形状の武器を取り出し
絵守の前に突き立てた。
「黄泉から持ち帰った魔剣ガンモドキです。
それを使えば
あの軍勢相手でも何とか戦えるでしょう」
「なんと。
トニオ・サルバドール・
マクダニエル・ゴンザレス画伯から
直々に美術品を贈呈していただけるなんて」
「絵守君。美術品じゃなくて武器だろう。
しかし今の僕たちにとっては渡りに船だな。
まさに僥倖じゃないか」
筆山はフラつく足取りで絵守に近付き
剣を取るようその背を押した。
絵守が地面に突き刺さった
直剣に手をかける。
ビクともしなかった。
「トニオ・サルバドール・
マクダニエル・ゴンザレス画伯。
なんですかこの剣。
スパルタの膂力を以てしても抜けないとは
あれですか。
アーサー王伝説的なヤツですか」
「そういえば
考えたこともありませんでした。
魔剣や聖剣には
選ばれたものにしか抜けないという
解放条件があるらしいですね」
トニーがうっかりしていました。
という風に頭を掻いた。
その時、大きな地鳴りがした。
ペルシア軍の方からだ。
見るとサタンが
移動宮殿から動き始めていた。
一歩ごとにペルシア兵を巻き添えにし
曠野に赤い花を咲かせながら前進している。
「ちょっと待った。
イチャイチャしてる場合じゃないぞ。
絵守君。魔剣だか駄犬だか知らないが
命が惜しければ早く抜きたまえ」
筆山はそう言うと
絵守の手の隙間から直剣の柄を掴んだ。
剣は、いとも呆気なくヌルンと抜けた。
🍎アカリ🍎
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