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Blog@arabian熱に浮かれる或阿呆――彼らは踊り、ぶつかり、溶け合い、 そしていつのまにか消えていった。 モッシュピットが好きだった。 音響時代、PA卓から見下ろした 人工的に、でも自然に オーディエンスの中にできる円形脱毛症。 ピンボールのように、ビリヤードのように 人間同士がぶつかり跳ね回る。 童に返ったように。無垢に。無邪気に。 現代社会に揉み込まれた多すぎる塩気を 汗に蒸発させて、浮世に仇を返すように シャツの色を濃く染めていく。 丸鍋の中から立ち上る湯気が 天井近くの照明に吸い込まれて 薄くキラキラしながら 扇形に上空に広がる。 会場を覆い尽くした熱気の匂いは 独特の獰猛な色気と 倒錯した純粋な愉悦とを帯びて 皆に伝染し、傍観者の心をも躍らせる。 私も、あの自然共同体の 一部になるのが好きだった。 姉や知り合いたちと パンクバンドやロックバンドの ライブに行っては 名も顔も知らぬ同士たちと 肩も腕もぶつけあって 互いに興奮を摩擦させ エネルギーを色んな色に 溶かして混ぜ合わせた。 現実社会で行き場をなくした 活力を発散し合い、もみくちゃになって 合体してキングスライムに なるんじゃないかしら、というくらいに 夢中な一体感で 身体をひとところに集め合った。 そこには、コミュニティを越えた 魂の共鳴があった。 木の上に登った少年を脅かす虎たちが 回り回ってバターになるように お互いを鰹節のように削り合って 次第に肉体が細かく分解されて 陽炎に立ち込めて、私たちを照らす 人口の光の中に吸い込まれる。 そのまま空間を彩る イルミネーションになってしまいたかった。 そんな高揚感に、五体が脈動して 意識が上へ下へ揺さぶられ 心地良くシェイクされた脳髄に 生きた血が新しく通い出すようだ。 あの頃は、何も考えていなかった。 考えなくてよかった。 忘我のうちに、目の前の音が流れ込んできて 四肢が弾けんばかりに無我夢中だった。 ところが、ある日、SNSに書かれていた。 「あのモッシュ軍団、マジ邪魔じゃね?」 時代が変わった、と思った。 それから、次第にモッシュピットが 作られる頻度も減っていった。 そして、私たちの青春は、足音を消して さよならも言わずに立ち去った。 自由に暴れて、肉体言語で語らう世は 静かにひっそりと終わりを告げたのだ。 無言のうちにいなくなってしまった彼。 なんだかとても寂しかった。 でも、今のご時世に 馬鹿みたいに体当たりをして 人に迷惑顔をさせるのは、悪辣だ。 世知辛いな、と思いつつも 現代では私が愚か者なのだ。 それから、私は大人しくなった。 座席指定のライブに行くことが増えた。 そこにもうモッシュピットがないなら あの熱に浮かれて 溶け合って蒸発できないのなら 粛々と、ライブから 剥き出しの音楽だけを取り出して それを味わおう、と。 それならば、せめて 有名アーティストのライブに行こう、と。 やってみると、悪くなかった。 音楽に、やっとちゃんと向き合って 正しく咀嚼しているような気がした。 耳も少し肥えてきたような気がする。 音響のチェックと 芸術性を聞き分ける聴覚は また全く別物なのだと、この時に実感した。 こうして、人は成長していくのだな。 野蛮な何かを捨てて 人は進歩していくのだろうか。 しかし、私は忘れない。 あの、アーティストの名前もわからない 会場に飛び入りして モッシュピットで流した輝く飛沫を。 音楽よりも、空間が好きで。 そんな短絡的な目的でライブに行っていた あの滑稽な日々を。 ずっと、大切に心のお洒落小箱の隅っこに 仕舞っておきたい。 それを胸に、私は今日も イヤフォンから流れる音に、心を揺らす。 🍎アカリ🍎 ꫛꫀꪝ✧‧˚X 公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁ブログ一覧
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Blog@arabian蒼ざめた正義・下アガサ・クリスティよろしく そして誰もいなくなった。 立ち去った影たちは今、私の眼下の校庭に 青春の塊をボールに託して お互いにぶつけ合いながら遊んでいる。 私は一人、取り残された隠遁者のように 達観した風情でそれを見守っていた。 仕方がない。私は病に窮している身なのだ。 早退という利を得て、皆と同じ徳を齧る 権利などあるはずもない。 どうせいづれ母上が迎えに来るのだ。 安心して待つが上策だ。 そんなことを思っていると 本当に心から安堵が湧いてきて その浄化が全身隈なく行き渡り ついにはすっかり腹痛も消えてしまった。 そうなると そこは一端の子供のことである。 待ってる暇すら、青春が惜しくなる。 私は復活した我が肉体に即座に胡坐を掻いて 元気に立ち上がると 椅子をある一定の等間隔に並べ始めた。 ひとり椅子飛び越えゲームである。 授業を免れた高等遊民にのみ 教室を占領して許される 禁じられた遊びである。 私は跳んだ。無我夢中で跳躍した。 ターミネーター2の恥辱を 泡沫に発散せんが如く 空っぽの教室の中に 我が世の春を欲しいまま顕していた。 そして私は段々と忘我の境地に入っていた。 ガラガラと 先生が扉を開ける音にすら気づかない程に。 いつの間にか背後に 気配を消して立っていた先生は 無言であった。 しかしその表情は、失望と落胆の混じった 呆れの情を雄弁に物語っていた。 「こいつ、めっちゃ元気やん…。」 口を開かずとも、小さく、はっきりと そう聞こえた気がした。 咄嗟に、実際には何も聞かれていないのに 急拵えの言い訳が私の口をついて出た。 「いや、今、少しだけ ちょっと良くなっただけ、です。」 先生は尚も言葉を紡がなかった。 閑としたこの教室の 重力だけが一気に加速し いつかの滝行の如く 私を圧し潰そうかと襲い掛かった。 滝行と学生時代で時系列が前後しているが この際そんなことはどうでもいいのである。 つまりは、私は斯様にして 度々双肩を打擲される 運命にあるということなのであろう。 途端に、また腹痛が襲ってきた。 先生の冷たい視線が、お腹を冷やす。 更には、胃心肺肝が 健やかを逆しまに転がってゆく。 私はまたもや顔色を蒼白く整え直した。 果たして一日に何回 お色直しを催せば気が済むのかと 自分でも多少剣呑になってきた。 もし、こんな結婚式があったなら 参列者は痺れを切らして 残らず帰宅しているだろう。 先生はというと、ひっきりなしに 色をコロコロと変えてゆく生徒を目の前に 意を悟ったのか、少しく悄然とした態度で 嘆息気味にやっと口を開いた。 「お母様が靴箱までお見えになってるから。 一緒にいくぞ。」 私は、先生に全てを見透かされた 気恥ずかしい生娘のような様子で その言葉に倣った。 とはいえ、万病が口火を切って この身に降りかかったかのような 足取りを演じることだけは忘れなかった。 愚かな子供の賢しき大人に対する 最期の意地である。 しかし一応断っておくが 靴箱までの容体が本当に良くなかったのは 嘘ではない。 故にこの足取りにも私に一部の利がある。 それが唯一残った柱であった。 かろうじて柱に背を預けながら やっとのことで母上と対面した。 すると、一瞬にして身体に力が漲った。 私はやっと 無益な大人との駆け引きから 解放されたのだ。 そうなるとやはり 私の身体は精神に対して実に正直者である。 帰宅してから早々にテレビゲームを付けると 母上に悟られぬように ステージ攻略に励んだ。 最後にターミネーターの シュワちゃんそっくりなボスが出てきて コテンパンに打ちのめされた記憶を 今でもよく覚えている。 🍎アカリ🍎 ꫛꫀꪝ✧‧˚X 公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁ブログ一覧
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