あの日の八つ当たりに
――電話の向こう
あの人は涼しい声で罪を差し出した。
姉と久方ぶりに電話をした。
声は変わらず明朗で
あの頃の夕焼けのように
どこか憎らしく眩しい。
「みんな元気?」と、ひとつ訊ねると
「元気。そっちは?」と返ってくる。
この何でもない挨拶にさえ
私は胸の奥に小さな金属片を
押し込まれるような痛みを覚えた。
最近、姉とはとんと縁が薄く
忘れ去られた古井戸のように
私のなかに沈黙していた。
せっかくだからと、話は少しばかり咲いた。
咲いたというより
あれは初夏の野にうっかり咲いてしまった
毒草のようなものだったのかもしれない。
ふいに姉が
昔のことをぽつりと零したのだ。
「八つ当たりしてて、ごめん」
私は目の前が少し歪んだ。
何だって?今、何を仰った?
「小学校のときさ
同級生と上手くいってなかったじゃん?
それで、あんたに意地悪してたなって。
あれ、たぶん全部
八つ当たりだったんだよね」
ああ。そうでしたか。そうでしたとも。
あなたは春風のように
軽やかに罪を告白なさる。
まるで桜の花びらを吹き散らすように
こともなげに。
そしてその花びらは、私の胸に舞い込んで
そこに長年張りついていた
氷の層を溶かしていく。
ぬるく、湿った涙のような水となって。
私は言葉を失った。
まるで長年の獄中から
赦された囚人のような気分だった。
だが、赦されてもなお
私は枷を愛していたのだ。
その鉄の冷たさが、自分の輪郭の
一部になってしまっていたのだ。
けれど、今となってはもう、過ぎたこと。
あの頃、意地悪されたのも
口をきいてくれなかった日々も
私が泣きながら
こっそり母の膝で寝入った夜も
今では古びた絵巻物のように
色褪せて美しい。
すっかり懐の広くなった私は、そう思った。
姉妹というものは
たとえ互いを引き裂く刃を携えていても
やがてその刃に赤い錆が浮き
何気ない会話のなかにさえ
遠い記憶の柔らかさが香るものだ。
「じゃあ、またね」
と言って電話を切ったあと
私はしばし呆けたように
天井を見つめていた。
空は高く、午後の光が
机の端をすべっていた。
静かだった。
まったく、姉という生き物は
どうしてこうも無邪気に罪を告白して
こちらの心を無残に掻き乱してゆくのか。
私はその愛おしさに
歯をきしませるしかなかった。
次会ったらビンタするわ。
🍎アカリ🍎
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