飛んで火に入る、夏の私
                                                
 
 前々から 滑舌が怪しい怪しい
と友人の間で評判だった私。
 
 ならば、どうにかして
この滑舌を矯正してやろうと
暗中模索していたのだが、
なんやかんや 友人のツテで
声劇に挑戦することになった。
 
 バリバリに現役でやってる
舞台俳優や声優の中に、
まださ行の発音の
教育課程も修了していない、
 ザリガニをロブスターといって
食卓にあげて家族会議にかけられるような
乳吞児が混じるのだから
 
 これはTIMEの吹き替えで炎上した
篠田麻里子氏など比較にならぬ
大炎上を覚悟せねばならぬだろう。
 向こうが楽しいキャンプファイヤーなら、
こちらは山火事である。
 
***
 
 台本は、
うらぶれたサラリーマンの小男が、
気紛れに立ち寄ったマッスルバー で
マッチョたちに励まされ、
なんやかんやで活力を見出し、
最終的にフィジークに挑戦する という、
なかなか奇天烈なものだった。
 
 そして私の配役は
「マッスルバーを経営しているくせに、
やたら気の弱い女性オーナー」。
 
 妙に適材適所な気がするのが 悔しい。
 
***
 
 そんなわけで、
アイスブレイクもほどほどに、
声劇の稽古 が始まった。
 
 相手の俳優・声優陣は、
音に聞こえるほど売れてはいないとはいえ
 毎日 舌を鳴らし、
喉を研磨しているその道の人 である。
 
 形を揃えた真珠のような滑舌、
球速140km超えの
ストレートが如き声の通り。
 バンバン ど真ん中で
ストライクを取っていく。
 
 比べて私の滑舌は、
昨今の日経平均株価のように不安定であり
 声量に於いては、
女子アナが始球式で投げる硬球の勢い 。
 
 飛ばした音が 途中で
ボトリと土に塗れる 。
せめて
始球式くらい軟球にしていただきたい。
 
 そして、全く手ごたえのないまま、
第一回の本読みが終了した。
 
***
 
 私は、このまま記念に
土だけ持ってトンズラしようか
と思ったが
 
 今の私の顔色の方が、
土らしくあるだろうから
 わざわざ持って帰ることもあるまいと、
辛うじて思い留まることにした。
 
 「いいね!アカリちゃん、すごくイイ!」
 
 「え!? どこがですか!?」
 
 「言いたくても言えない距離感を、
声の飛ばし方で表現できてるね!」
 
 それは単純に声量不足です。
 
 「あと、感情と比例して
音程が不安定になる
表現とかも実にイイね!」
 
 それは単純に、
舌ごと音程がもつれているだけです。
 
 「せっかくだから、
他の役もやってみようか!
みんなで役を回して!」
 
 「それ、いいですね!」
 
 「面白そう!」
 
「私、常連客役やりたかったんですよね~!」
 
 —— 始まった。山火事の前兆だ。
 
***
 
 最初は 楽しい
キャンプファイヤーだったのに
そのうちテンション上がって
 薪を投げ捲って
気づいたら山火事になっているのだ。
 
 私は、投げ入れられる
薪の気持ちになっていた。
 
 これなら 自らの意志で
飛び込む虫の方が
よっぽどマシな最期ではなかろうか。
 
 せめて、虫になりたい。
 
 「私、マッチョやりたいです」
 
 —— そして私は、火に身を投げた。
 
***
 
 その後のことは、よく覚えていない。
 
 ただ、腹筋が攣りそうに痛い。
 
 日常では想定できないほどの低音を、
無理やり絞り出したからだろう。
 
 でも、多分 それだけじゃない。
 
 それくらい 笑った のだ。
 
 何がそんなに面白かったのかも、
もはや覚えていない。
 
 飛んで火に入る夏の虫の、
その後は苦しいだけじゃ
ないのかもしれない。
 
虫は 笑いながら
果てたんじゃないだろうか。
 
 考えてみれば、
虫の裏側は 笑顔 に似ている気がする。
 
 最期に、
ひっくり返って、笑顔で逝くのだ。
 
 ああ 自分で言ってて、
虫の裏側の例えが 気持ち悪くなってきた。
 
 もう寝よう。
 
 __虫が夢に出てきませんように。
 
 
🍎アカリ🍎
 
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