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Blog@arabianイワシ帝国の逆襲道が混んでいてイワシになった。 駅を出た瞬間、私はもうすでに 通勤ラッシュに呑み込まれていた。 サラリーマンたちがひしめき合う その大群に、私の身も心も すっかり圧倒されて、 ただただ流されるしかなかった。 力場、それもまるで重力のように、 私をそのまま動かしていく。 私が向かうべき目的地への階段は、 目の隅でひっそりと 私を待っているというのに、 私はその場所に辿り着ける気配もなかった。 今日という日に交わした友達との約束が 景色と共に遠のいていく。 今、私はどこへ向かっているのか。 このまま、勤めてもいない会社まで 流刑に処されるのだろうか? 私が行動しようとする度、 周りの流れがますます強くなる。 大勢に流されて、 私の僅かな努力は虚しくも消えていく。 塩の行進にも参加しない、 無為な無抵抗主義者に成り下がり、 ただ棒のように、 動けず無力感に打ちひしがれる自分の姿。 これでは、まるで荒川の河川敷に 身を投げたどざえもんのようではないか。 いや、もっと悲劇的なものがある。 無常観に薄れゆく意識の中で ふと浮かんだのは、イワシであった。 昔、水族館で見たイワシの大群が、 私の心に鮮明に蘇った。 私はその美しい力場に立ち尽くしていた。 最初は一匹が泳ぎ出したのであろうか、 続いて二匹、三匹、 気づけばそれは大きな渦となって、 一個の巨大な生命体、 美しい無限の回転と化していった。 こちらとあちらを隔てている 分厚いアクリルガラスが、 不可思議に視野を歪め、 その回転を更に幻想的に彩った。 「スイミー」。 幼少の頃、 小学校の教科書に載っていた物語が、 まるで生きているかのように、 私の目の前で再現されているようだった。 力強く、絶妙に連動するその群れの中に、 私の心は捕らわれた。 しかし、 流れに逆らおうとするものがあった。 イワシの一匹が、必死にその渦に抗い、 方向を逆転させている。 その姿は、まるで死にものぐるいで 戦っているように見えた。 だが、イワシの大群は、 どんな小さな反逆も許しはしない。 無情にもその流れは容赦なく続き、 どんなに必死に足掻こうとも、 その力に抗うことなどできなかった。 ついにはそのイワシは力尽き、 私はその行く末を追って彼方を仰ぎ見る。 反逆者たちの残骸は、 遥か天上の水面にプカプカ浮かび、 水槽へ差し込む光を浴びて煌めきながら、 静かに涅槃を飾っていた。 私の目にはそれがとても哀しく映えた。 そう、今、私が直面している この人の流れも、同じようなものだ。 一度集団の力に押し流されてしまうと、 逆らう勇気が蛮勇とされ、 その努力は水泡に帰す。 しかし、どうしても心の奥底で、 私は信じたくなかった。 人間はそんなに無力ではないはずだ。 歴史をひも解いてみれば、 確かに力場に抗い、 英雄と称される者たちがいた。 ナポレオンやアレクサンドロス三世、 彼らもまたその流れに逆らった者たちだ。 そして別段、斯様な偉人の例に頼らずとも、 力場を物ともせず、 己が信念で世界を貫き、 屈服させ得るものが、人間にはある。 ならば、 イワシにも英雄が現れるのではないか。 いつの日か、イワシ大王が現れ、 この渦を支配し、新たな王国を築き、 果てには人間に 反旗を翻す日が来るのではないか。 こうしてはいられない。 私はこんなところで、 知らぬ会社への流刑に 甘んじている場合ではないのだ。 私は白昼夢から覚めた。 人波の中で溺れかけていた 自分を奮い立たせ、 逆らう決意を固めた。 私も流れに従うのではなく、 力強く逆転する。 ここから、 アカリ帝国建国第一歩を踏み出すのだ。 数多のサラリーマンたちと ぶつかりながらも、 私の心は熱く燃えていた。 そして、約束の時間に大幅に遅刻した。 不機嫌そうな友達の機嫌を取りながら、 私はやけに擦り減った ヒールの踵を気にしていた。 🍎アカリ🍎 ꫛꫀꪝ✧‧˚X 公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁ブログ一覧
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Blog@arabian飛んで火に入る、夏の私前々から 滑舌が怪しい怪しい と友人の間で評判だった私。 ならば、どうにかして この滑舌を矯正してやろうと 暗中模索していたのだが、 なんやかんや 友人のツテで 声劇に挑戦することになった。 バリバリに現役でやってる 舞台俳優や声優の中に、 まださ行の発音の 教育課程も修了していない、 ザリガニをロブスターといって 食卓にあげて家族会議にかけられるような 乳吞児が混じるのだから これはTIMEの吹き替えで炎上した 篠田麻里子氏など比較にならぬ 大炎上を覚悟せねばならぬだろう。 向こうが楽しいキャンプファイヤーなら、 こちらは山火事である。 *** 台本は、 うらぶれたサラリーマンの小男が、 気紛れに立ち寄ったマッスルバー で マッチョたちに励まされ、 なんやかんやで活力を見出し、 最終的にフィジークに挑戦する という、 なかなか奇天烈なものだった。 そして私の配役は 「マッスルバーを経営しているくせに、 やたら気の弱い女性オーナー」。 妙に適材適所な気がするのが 悔しい。 *** そんなわけで、 アイスブレイクもほどほどに、 声劇の稽古 が始まった。 相手の俳優・声優陣は、 音に聞こえるほど売れてはいないとはいえ 毎日 舌を鳴らし、 喉を研磨しているその道の人 である。 形を揃えた真珠のような滑舌、 球速140km超えの ストレートが如き声の通り。 バンバン ど真ん中で ストライクを取っていく。 比べて私の滑舌は、 昨今の日経平均株価のように不安定であり 声量に於いては、 女子アナが始球式で投げる硬球の勢い 。 飛ばした音が 途中で ボトリと土に塗れる 。 せめて 始球式くらい軟球にしていただきたい。 そして、全く手ごたえのないまま、 第一回の本読みが終了した。 *** 私は、このまま記念に 土だけ持ってトンズラしようか と思ったが 今の私の顔色の方が、 土らしくあるだろうから わざわざ持って帰ることもあるまいと、 辛うじて思い留まることにした。 「いいね!アカリちゃん、すごくイイ!」 「え!? どこがですか!?」 「言いたくても言えない距離感を、 声の飛ばし方で表現できてるね!」 それは単純に声量不足です。 「あと、感情と比例して 音程が不安定になる 表現とかも実にイイね!」 それは単純に、 舌ごと音程がもつれているだけです。 「せっかくだから、 他の役もやってみようか! みんなで役を回して!」 「それ、いいですね!」 「面白そう!」 「私、常連客役やりたかったんですよね~!」 —— 始まった。山火事の前兆だ。 *** 最初は 楽しい キャンプファイヤーだったのに そのうちテンション上がって 薪を投げ捲って 気づいたら山火事になっているのだ。 私は、投げ入れられる 薪の気持ちになっていた。 これなら 自らの意志で 飛び込む虫の方が よっぽどマシな最期ではなかろうか。 せめて、虫になりたい。 「私、マッチョやりたいです」 —— そして私は、火に身を投げた。 *** その後のことは、よく覚えていない。 ただ、腹筋が攣りそうに痛い。 日常では想定できないほどの低音を、 無理やり絞り出したからだろう。 でも、多分 それだけじゃない。 それくらい 笑った のだ。 何がそんなに面白かったのかも、 もはや覚えていない。 飛んで火に入る夏の虫の、 その後は苦しいだけじゃ ないのかもしれない。 虫は 笑いながら 果てたんじゃないだろうか。 考えてみれば、 虫の裏側は 笑顔 に似ている気がする。 最期に、 ひっくり返って、笑顔で逝くのだ。 ああ 自分で言ってて、 虫の裏側の例えが 気持ち悪くなってきた。 もう寝よう。 __虫が夢に出てきませんように。 🍎アカリ🍎 ꫛꫀꪝ✧‧˚X 公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁ブログ一覧
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