「愛は茶色く古びて」〜クロ子の曇天とアカリの青天〜⑦
「へ~。凄いねぇ。
順調じゃないの?しかし体罰禁止なんて
ネットや今の犬の教育方針を
信じちゃっていいのかな?
やっぱ殴って聞かせるのが
一番早いと思うんだよねぇ」
「シロ子。
あんたは絶対犬飼ったらダメだよ。
この戸塚ヨットスクール狂信者め」
「まあ私も戸塚ヨットスクールが
全部悪いとも思わないし
でもそれは言語の壁がない
人間だからできることじゃん?
犬の場合は言葉が通じないから
何で怒られてるのかわかんなくて
変に叱ると拗れちゃうって話でね。
しかも、粗相に関しては
懲罰房に入れると…
嗚呼、私がそのお仕置き用のクレートを
そう呼んでるんだけどね。
それをすると、排便排尿自体が
悪い事だと学習しちゃう可能性があるから
NGなんだって。
じゃあどうしたら粗相が治るのか
って調べても
とにかくうんちやおしっこに成功したら
褒めちぎれ、しかないのよ。
いや、そりゃ褒めるけどさ。
でもこいつら、構って欲しくて
意図的にうんちしてる気配
むんむんなんだよね。
片方がうんちして、偉いねって褒めて
うんちを清掃しようと
トイレトレーを出して
居間に隔離してる間に
もう一匹が嫉妬うんちしてるんだもん。
私はこいつらのつぶらで純粋な瞳からも
戦争が如何にして
なくならないかを学ばされたね。
その度に隔離と粗相の清掃を
繰り返して繰り返して繰り返して…
まあでもそれだけなら
まだ何とか正気を保てたんだけどさ」
「え?まだ先があるの~?
もうひっぱたいて
主従関係はっきりさせようよ~」
「いや、それは犬の社会のボスとして
服従させるやり方で
それをやるともう
懐いてくれなくなるんだって。
ドミナンス理論だか
アルファ理論だか言うんだけど」
「何それ、部隊の作戦名みたい。
群れのリーダーになっちゃった方が
早いと思うけどな~。
言ってわかんないヤツは修正してやる!
ってグラサン叩き割らないと
そのうち隕石とか落としてくるよ?」
「シロ子。生後三か月のポメラニアンに
若気の至りは通用しないよ?」
「でもそれより先があるんでしょ~?
もう殴るしかないじゃん?
どうせ親父にもぶたれたことないのに!
とか甘ったれたこと言って
家出するけど根性ないから
すぐ戻ってくるって」
「シロッ子!
人を傷つけて、それで満足するのかよ!
犬の心を大事にしない
世界を作って何になるんだ!
貴様のような奴がいるから
戦いが終わらないんだ!」
「あのさぁ、私ガンダム見たことないから
あんたらのガンダム名言集
さっぱりわかんないんだわ。
一番の悩み、聞いてもらっていい?」
「大変申し訳ありませんでした」
私とシロ子は正座して姿勢を正し
頭を下げつつ綺麗にハモった。
「うんちローリングだよ」
「何それ~?
ローリングツイン
バスターライフル的な?」
「…何言ってんの?」
「クロ子、ガノタの戯言は聞き流して
貰って構いませんので先をどうぞ」
「こいつらさ、姉弟喧嘩が激しいのよね。
こないだなんて呂布がベスに
フロントネックチョークかけて
締め落そうとしてて。
まあそんな腕力ないから押し返されて
パウンドされてたけど。
そんなわけで特に
寝技の展開が多いわけよ」
「MMAならぬ
ニャムエムエーってやつですか」
「なにそれ~。めっちゃ可愛いね」
「ところがそのニャムエムエーには
どれだけ可愛いかろうと
確実にそれを上回る大きな代償がある。
それがうんちローリングさ。
こいつらは喧嘩中、興奮状態で
自分達の座標もろくに気にしていない。
私が目を離している時。私が寝ている時。
その寝技の先に
ほかほかのうんちがあったら…
どうなるかわかるかい?」
「それは…まあ…
大変に、ご愁傷さまでございます」
「犬チョコレートフォンデュだね~」
「…シロ子。その減らず口を
犬チョコレートフォンデュで
塞いでやろうか?」
クロ子の目が怪しく光る。
こいつ、本気だ。
「まあまあ!でも、その
うんちローリングはもう不可避なの?」
「…不可避だね。
なんせ私にも睡眠や仕事は必要だ。
その間にやられちゃひとたまりもない。
それに、家にいる間
常に監視状態ってわけにもいかない。
犬たちにもストレスだし。
最初はひとりづつ
うんちまみれの身体を犬用シャンプーで
丁寧に流して洗ってやってたよ。
でもこいつらもふもふでしょ?
乾かすのに一人一時間はかかる。
それもドライヤーでやるしかないから
火傷しないかとか暑くないかとか
すんごい気を遣うわけ。
二人をキレイにするのに
三時間はかかるね。
でも、世話が掛かるのはしょうがないから
こうなったら毎日でもお風呂に入れて
粘ってやろうと、一度は覚悟を決めたさ。
そしたら今度は
こいつらまだ皮膚が弱いから
お風呂は一ヶ月に二回まで
…と来たもんだ。
いやもう、詰みだよね。
完全に詰んでるよね」
「それであんな
ござったメッセージ来てたんだ~?」
「そりゃストレスで気もおかしくなるね…
クロ子、ちゃんと寝てる?」
「…現時点で36時間は寝てない」
目の下に深い隈を拵えたクロ子が
当たり前のように答える。
「あらゆる手だてを考えて
結局、犬のトレーニングを
代行してくれる施設に
しばらく預けようと思ったんだ。
でもこいつら
まだワクチン二回しか打ってなくて。
狂犬病ワクチンに関しては
来月まで待たなきゃなんない。
狂犬病ワクチンなしで引き取ってもらえる
施設もそうそうなくてね…」
そこまで言って、クロ子は姿勢を整えた。
かと思うと、額を床に擦り付けて
土下座の姿勢をとった。
「頼む!自分の子供の面倒も見れない
ダメな親だとは自分でもわかっている。
でもこのままだと私が精神的にもたない。
狂犬病ワクチン接種までの数週間でいい。
なんとか、呂布かベスの
どちらかを預かってもらえないか?
こいつら一人一人なら喧嘩もない。
うんちローリングもない。
ストレスも少なくなるから粗相も減る。
一生の頼みだ。この通り!」
クロ子の懇願を目の前にして
私は面喰っていた。
あの、誇り高きドボジョのクロ子が
まさか私たちに
ここまで頭を下げるなんて。
これは異常事態だ。
友人として
何もしないわけにはいかない。
「…でも私のうち
ペット禁止なんだよなぁ…」
「私は別にいいけど~?
普通に粗相したら殴るよ。
私は私の聖域を侵すものを
許しはしないから」
私は逡巡した。
もし隣のネグレクトの化身に
呂布やベスを預けたなら
彼らは暴力による束縛から
自由を求め遁走。
地元の暴走族で幅を利かせて
一通りの悪さをしながら
鑑別所や少年院と娑婆を行ったり来たり。
そうしてろくに
義務教育も施されなかった二人に
まともな就職口があるはずもなく
エスカレーター式に裏の道へ。
酒癖の悪い呂布は
ケジメとして指を詰められ
組長の女でありながら
組員にチョッかいを出したベスは
援デリに売られ
中国人の富裕層相手に
おせっせさせられる毎日。
心機一転を賭けてYOUTUBEの
喧嘩自慢チャンネルに出たところ
これが変にバズり
ろくな教養も
格闘家としての基礎もないまま
プライドだけが増長した彼らは
路上で問題を起こし懲役に。
ふとヨドバシカメラの前を通りかかれば
受刑者の手作り製品が格安で売られ
その中の一つのバッグに
彼らの残り香を感じ取った私は、それを手に
「あの時助けておけば…」
と身勝手な悔恨の涙を一滴
羽衣フォーズするのだ。
お前はそれでいいのか?
お前はそれでいいのか?
お前はそれでいいのか?
私の中の私が私に
しつこく問いかけてくる。
その時、ケージ越しにベスと目が合った。
ベスの目は
「早く私をここから連れ出して!
私を奪って本当の自由を教えてよ!」
と訴えていた。ような気がした。
「クロ子。
数週間でいいなら、何とかしてみる。
大家さんにも話してみる。
事情が事情だから。
預かるだけだからって
何とか説き伏せてみるよ」
『男がいっぺん吐いた
唾ぁ呑むんじゃねえぞ?おう?コラ』
私の中の私の声が竹内力の声マネで
私の脳髄に響き渡った。
私は男ではないので聞こえないふりをして
ベスの潤んだ瞳を見つめ返していた。
🏮 燈 🏮
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