「愛は茶色く古びて」〜クロ子の曇天とアカリの青天〜⑥
――助けてと言えるまで
人は無駄に立派でいなければならない
呂布&ベスを
クロ子がお迎えして三週間が経った。
けたたましくスマホが鳴る。
クロ子からのLINEだ。
そこには一文でこうあった。
『ゲダツノキュウサイモカナワヌ
コノハザマノヨコソジゴクナリ』
アカリは家を飛び出して
クロ子宅に急いだ。
クロ子が、ござりかけている。
「あれ?アカリちゃんにも怪文書?」
エントランスに差し掛かると
ちょうどインターフォン越しに
クロ子との応答を終えたシロ子が
ロックを解除してもらっている
ところだった。
私はそれに追従して
クロ子のペットマンションに侵入。
「うん、なんか黄泉路を彷徨う
亡者みたいな文言が…」
「私にはね~。ほらこれ」
シロ子がクロ子との
トークルームを私の眼前に翳す。
そこには一文でこうあった。
『ハタラケドハタラケド
チャイロイセンソウ』
「これかなりヤバい感じだよね~?
クロ子ちゃんキャラ変っちゃってるし」
「啄木と中也なんて
クロ子が一番嫌いそうな男の類なのにね」
クロ子の部屋の前に着く。
チャイムを鳴らすと、クロ子が出てきた。
その充血した目からは
かつての溌溂とした光が消え失せ
視線は、終わらない闘争を
地平線の彼方まで
見やっているかのように虚ろだった。
血色の良かった頬はこけ
Tシャツに短パンという
ラフな出で立ちでありながら
その足取りは戦国武将が本陣で
お飾りに纏う鎧を着こんでいる
かのように重そうであった。
「クロ子、一体何が…」
「嗚呼、よく来たね二人とも。
まあ入りなよ…」
クロ子の怪しい足取りに導かれる儘
居間に通される。
すると、久方ぶりに見る
呂布&ベスの姿がケージの中にあった。
異邦人の来訪に
テンションが青天井の二人は
発狂したかのごとくケージを叩いて
出せ出せと吠えたてる。
まるで一斉検挙されて
中野警察署の雑居房にぶち込まれた
怒れる黒人たちのようだった。
「クロ子ちゃん~。凄いね。
とってもキレイで
お利巧さんにしてるじゃん、二人とも」
「…素人にはそう見えるか…」
クロ子が沈んだ声で呟く。
二度と
浮かび上がってくることのないような
疲れ切った声だった。
「ねぇクロ子。育児、大変なの?」
私の問いに、クロ子は大きく嘆息した。
そして何か妙なことを吟じ始めた。
「幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました。
幾時代かがありまして
今夜此処での一うんち。
今夜あちらで一うんち。
ゆあーん。ゆよーん。ゆやゆよん」
「クロ子ちゃん!正気に戻って!」
バゴッ!
…シロ子が
完全にあっちの世界に
行ってしまいかけているクロ子に
ビンタ(ほぼグー)を放って
今生に繋ぎ止めた。
「お!流石はパワハラ音響!
昔を思い出すねぇ」
私はシロ子の衒いの無い一撃に
TPOを置き去りにして
しばし音響時代を懐かしんだ。
クロ子はというと
どうやら正気に返ったようだ。
「あー。ちょっと気付けになったよ
ありがとシロ子」
「念の為、もう一発いっとく?」
「シロ子、あんたそれ
単に人を殴りたいだけでしょ」
「殴って何が悪い!」
「これだから音響界隈はよぉ」
私は音響界隈の止まらぬガラパゴス化に
見切りを付けて、再度クロ子に問うた。
「で、クロ子。
一体どういう状況なのか教えてよ。
じゃないと一生ハザマノヨだよ」
「んー。まあ舐めてたよね
こいつら二人の面倒見るの。
直置きのトイレトレーにしたら
呂布が噛みちぎって
トイレシートごと食べちゃうし。
ベスもそれに乗じて
ズタズタにしちゃうし。
それでスノコ型にしたんだけど
下におしっこやうんちが
溜まってっちゃうのは仕方ないとして
おしっこは、出したか出してないか
スノコじゃよくわかんないから
基本放置するしかない。
でもこいつら
スノコの上が居心地いいのか
ずっとスノコの上で
ゴロゴロしてんだよね。
プラスしてスノコの裏側に付いたうんちが
長い毛にくっついちゃったりさ。
一日何回かスノコの清掃するんだけど
これがまた一苦労。
溜まって裏にこびりついたうんちとか
まー取れないのよ。
ドメストとか犬の身体に
悪いものは使えないから、
洗浄力の低い洗剤で
コツコツ洗うしかない。
そしたらさ、その間
トイレ使えないでしょ?
しちゃうんだよね。その間に。
うんちとかおしっこを居間で。
しかもどっちが犯人かわからない。
実にすました顔してやがんのよ二人とも。
で、漏れなく手足に
うんち付けちゃってるから
抱っこしてウェットティッシュとか
犬用洗剤でできるだけ拭いて
お尻の穴もふきふきするわけ。
そしたらさ、もう一人が
構って欲しくてまたしちゃうのよ。
かまちょうんち。
もうエンドレスシットよ。
それでしょうがないから
待ってる方の一人はもう
うんちやおしっこ足に付けてるの上等で
スノコ部屋に隔離して
一人一人拭いてきれいにしてるんだけど」
「へ~。あのクロ子ちゃんが
ちゃんとママやってるなんて意外だなぁ」
「私は音響界隈じゃないからな」
「いやクロ子、別に音響界隈全体が
ネグレクトの巣窟ってわけじゃないよ?
単にシロ子の手癖が悪いだけで…」
「でもさ~。
それなら特に問題ないんじゃないの?」
シロ子が他人事のように
楽観的に言うのを見て
クロ子の目付きが変った。
それは、ベトナム戦争で
ベトコンに親友を何人も屠られ
PTSDになったどこぞの
ヘロイン中毒のアメリカ兵のようだった。
「…まあ聞きなよ。
それから、あまりにスノコが不衛生だから
何とか躾できないかなって
ネットとかで調べたら
声出して怒るのも、体を拘束して諭すのも
NGって言うのよ。
悪いことをしたらひたすら
淡々と処理して無視をしろって。
唯一していいとされてることと言えば
悪いことをしたら小さなクレートに
1~2分隔離することくらい。
しょうがないから
それを何十回も繰り返して
ようやく呂布が
トイレシートを噛まなくなって
直置きのトイレトレーに
変えるところまでは成功したんだけど…
つっても、まだちょこちょこ破くけどね」
🏮 燈 🏮
X
𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦
公式LINE
✉️kinpenakari.otoiawase@gmail.com
ご予約詳細は🈁