ジューダス・クライスト【第十六話】
お題:異世界転生・歴史探訪
嘘つき同士の友情・最期の晩餐
希望と空虚・臆病者
据え膳食わぬは男の恥
正解と正しいは違う
私は、ただ漫然と小説を書いてきた。
ただ惰性で引き籠ってきた。
そして、ただ怠惰に
英雄たちの履歴を汚してきた。
「そんなことをして
私は一体どこに向かおうとしていたのか」。
私は私に問うた。
心を決めねばならない。
こんな私にもついに行き止まりが顕れた。
あの魂の恐喝にも近い
一万の瞳からは逃れられない。
もう逃げられない。やっと逃げられない。
漸く観念しなければならない。
逃げを諦め己を受け入れ
覚悟を決めなければならない。
問う。
「今まで怠惰と惰性に漫然と耽って
私はどこに向かおうとしたのか」。
知らない。
どの私に聞いても知らないと言う。
「嘘を付くな!」
私は私の中の
有象無象な私の群れを一喝した。
すると、私の群れが雲散霧消して
一人、隅の方で
体育座りをしている私だけが残った。
その私は、私の中の有象無象に紛れながら
今まで最も私の主導権を
陰ながら握ってきた私だった。
その私は、私の中で最も臆病な私だった。
私は臆病な私の胸倉を掴んで問いかけた。
「私は知るのが怖いだけだろう」
「馬鹿な。
私は何を知るのが怖いと言うんだ?」
臆病な私が嘲るように言った。
「知らないことを知ること。それが、怖い」
「では知らなければいいじゃないか」
臆病な私が呆れたように言う。
「知らないを通して
ずっと変わらずにいればいいじゃないか」
「嫌だ。私はそんな私がもう嫌になった」
私はそう言って
掴んでいた臆病な私の襟元を引き裂いた。
臆病な私は無理やり胸襟を開かれた。
「わからないから怖くて動かないのか?
否。それは今生で懲りている。
わからないなら進むしかない。
その先にしか、知るということはない。
知らないと知りたいはニコイチのズッ友だ。
今の私が今更逃げても
もはや今生にすら戻れない。
私は、知らない道を行くしかない。
王になって王を知るしかない」
「どうなるかわからないのに?
結局、何もわからないかも知れないのに?」
臆病な私がほぼ上裸で
寒そうに身を縮めながら言った。
「そんなことはどうでもいい。
やってみてどうなるか?
やってみなければわからない。
やってみてわかるかわからないかの是非?
それもやってみなければわからない」
「ちょっと待て。
それは余りにも慎重さを欠いている」
臆病な私が
歯をカチカチ鳴らしながら抗議する。
「知らない洞窟の奥には
化物が潜んでいるかもしれない。
黄金が眠っているかもしれない。
はたまた、まだ見ぬ向こう側へと
続いているかもしれない。
それは洞窟の罠を怖れて
何もしない者には一生辿り着けない場所。
それは洞窟の先に新境地を
夢見た者のみが手にできる場所。
今まで私が台無しにしてきた
英雄たちが進んだ道」
「私は英雄ではないよ。
私なんかにそんなことはできないよ」
臆病な私は凍て付きながらも
抵抗を辞めない。
「英雄でなくとも
彼らに倣って進むことは出来る」
「嫌だ。そんな険しい道を行くのは嫌だ」
臆病な私が固まっていく
声帯を振り絞りながら叫んだ。
「黙れ。閉じるな。籠るな。逃げるな。
理屈を捏ねるな。思考を止めるな。
行動を止めるな。
グダグダ言わずにやるんだよ」
臆病な私の声は消こえない。
臆病な私は凍て付いて氷像になっていた。
私はかつての私の大部分を占めていた
それをぶん殴った。
氷像は粉々に砕け散って
砕け散った先からまた更に粉々になって
やがて
ダイヤモンドダストのような霧になった。
私の中に白銀の煌めきが舞っている。
私の中に鬱屈して溜まっていた闇が
それを受けて解けていく。
すると、私の中に埋もれていた愛と勇気が
噴水のように湧きあがり
私の中を満たし始めた。
私は愛と勇気の温泉に達磨大師の如く
頭まで浸かり、座禅を組んで決心した。
私は知ろうじゃないか。
私は何になりたいのか。
それが王なのか。違うのか。
結局わからないのか。
それでも、私は私の王として進む。
私は知りたい。
私の進む先に何があるのか。
それが栄光でも破滅でも。
そこに私の決着があるのならば。
「これで後戻りはないな」
絵守が後ろでニヤついているのがわかる。
「君のせいだ。
しかしおかげで踏ん切りがついた」
「なんだ。
君にしては珍しく殊勝じゃないか」
「ここまで追い込まれなければ
腹が決まらなかっただろうからね」
私は自嘲気味に
口角を片側だけ上げて応えた。
「なるほど。大器晩成の志
ついに実ったりというところか」
「いや。僕はお猪口だ。
持って生まれた器の大きさは変わらない」
「お猪口じゃ王の器は務まらんだろうよ」
「大きい器は重くて動かない。
ところが僕というお猪口は
溢れた水に乗って何処かへ
軽々と流れていける。
行き先はわからない。
わからないが、もし僕が
どこかの浅瀬に辿り着きたいというのなら
荷物は少ない方がいい。
果たして王座が僕の終着点とは限らない。
僕に行きたい場所が
あるかどうかもわからない。
しかし、僕は僕の進むべき道が
やっとわかった気がする。
否。道があるかどうかもわからないな。
でも僕は進む。
凝り固まって動かないのはもう辞めたんだ」
後ろにきょとんとしたような
雰囲気が流れている。
僕の変心を聞いた絵守が面喰って
暫し意外そうに佇んでいるようだった。
「ふうむ。僕としては
君の器に期待したかったんだがね」
やがて、不満たらしい声が
漏れ聞こえてきた。
一方でどこか納得した感のある声だった。
すっきりとした晴れやかな響きを
その囁きの中でささやかに感じた。前庭では今も尚
「イエス王」「神の国」「主に栄光」
といった
胃もたれするような言葉が飛び交っていた。
神殿はもはや己たちの城である。
前庭は一万の熱に景色を揺らしている。
大気が滾り、風が灼かれる。
私は石段の上で
王としてその熱風を浴びていた。
絵守はそんな私をシールドにして
涼しい顔をしている。
「兎に角、君は皆の命運を預かっている。
頼んだぞ。イエス王の筆山君」
絵守が囁き女将の
立ち位置を外れながら言った。
一万の期待を注がれた私のお猪口は
溢れ出した期待の海に放り出された。
私は石段を降りていく
絵守の背中に言葉を投げた。
「任せてくれとは請け負わないが、少なくとも
もう僕が立ち止まることはないよ」
🍎アカリ🍎
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