ジューダス・クライスト【第十七話】
お題:異世界転生・歴史探訪
嘘つき同士の友情・最期の晩餐
希望と空虚・臆病者
据え膳食わぬは男の恥
正解と正しいは違う
エルサレム市街では
その城門が閉じられようとしていた。
内側からである。
分厚い木製の扉が
重たい軋みをあげながら
ゆっくりと折り畳まれていく。
外に残っていたローマ兵が
それに気付いたのは
大扉の隙間から漏れ出る僅かな光の一筋が
地に収束して消える頃だった。
「開けろ!」
遅過ぎる叫びは何の意義も為さず
城門にぶつかって跳ね返りもせず
そのまま大木に
吸い込まれるように消えていった。
見ればあちこちで路地が塞がれている。
広場は群衆で満ち、通りを分断して
ローマ兵の連携を阻んでいた。
気が付けば都市が
一つの迷路へと変わっていた。
「上出来だ。これで俺たちの仕事は終いだ。
後は主の奇跡を信じよう。散るぞ」
城門を閉め終えた
内通者たちの一人がそう言うと
彼らは一瞬にして
煙のようにその姿を消した。
北の高みから、鉄の律動が降りてきた。
神殿のすぐ脇、石の台地の上に
張り付くように築かれた要塞。
その要塞は
街を見下ろすための場所であり
見下ろすことしか許されぬ場所にあった。
そこから兵が吐き出されている。
ユダヤ属州長官ポンティウス・ピラト。
イエス・キリストに処刑を下し
後にローマ総督となる男。
そのピラトの
エルサレム駐屯ローマ歩兵部隊、約三千。
彼らの屯所は高台にある故、下るしかない。
下った先に広がるのは、神殿の広場だ。
だがそこから先、街へ入るには
狭い通りへ折れ、折れ
折れ続けねばならない。
広がる場所は、ない。
「今度はお前たちが僕に下る番だ」
完全に動きを掌握された
ピラトの部隊を見やって
筆山はほくそ笑んだ。
それでも彼らは列を整える。
盾が揃い、槍が揃い、足並みが揃う。
窮してもローマである。
その先頭が、坂を下りきる。
列はすでに細くなっていた。
隊列の後ろはまだ高みにあり
前はもう、街の中に沈み込んでいる。
横陣など許されない。
軍は、縦に引き裂かれた。
すると、その脆い布陣の上空から
石の雨が襲い掛かった。
神殿の縁、屋根の上、見えぬ高みから
石の礫は豪雨のようにして彼らを歓迎した。
それも、ただ降るのではない。
的確に狙いを定めて落ちてくる。
盾が上がる。
ローマ兵の脇がガラ空きになる。
そこへ、路地から棍棒が差し込まれる。
刃が肘から先だけ現れては消える。
敵はまるで姿を持たない。
反撃の隙すらない。
街そのものが
静かな殺気を帯びて攻撃してくる。
前線から号令が飛ぶ。
だが、後列には届かない。
曲がり角が声を断ち、坂が視界を裂いた。
前は蹂躙され、後ろはただ整列している。
同じ軍でありながら
その前後は時を隔てて
別々にわかたれていた。
ローマの強みは、秩序である。
だが秩序は、横に広がってこそ
意味を持つ。ここでは、縦にしか並べない。
群衆が押し寄せ、満ちていく。
どこからともなく、四方八方から。
ただ広場を、通りを
あらゆる街の隙間を埋めていく。
そしてローマを押し出そうとする。
ただそれだけで
ピラト軍の列が出鱈目に歪む。
歪みはやがて、裂け目になる。
そこへ石が落ちる。刃が走る。
遠くで、城門が叩かれている。
西へ抜けようとする者
南へ向かおうとする者。
しかしどの門も閉ざされていた。
内側から。
彼らは高みにいた。見下ろす側だった。
だが今、彼らはそこを
下り街の底に沈んでいる。
底からは二度と這い上がれない。
やがて宵闇が街を塗り潰す。
彼らの列は解け
秩序は空間と共に雲散霧消した。
彼らは何処にも広がれず
何処へも抜けられず、ただ削られていき
その形を失った。
筆山は、剣も持たず血も流さず
全ての外側に立ってこれを見ていた。
行き止まりに突き当たって
逃げ場を失くしたとしても
それで志を得る者、逆に散らす者がある。
己はお猪口であるが故に漕ぎ出せた。
彼らは盃であるが故に動けず滅びた。
こんなところにも大義の違いがあるものだ。
案外に私のお猪口流サバイバルは
戦に活路を開いていけるんじゃなかろうか。
高みにも低みにも属さない場所に
揺蕩うような心持ちで
筆山は勝利の感慨に変則的に耽っていた。
激流を制するは静水。
どこぞの暗殺拳の達人が
死の灰に侵され病と健闘
兄とも拳闘しながら
そんなことを言っていた気がする。
「盃を、凌駕し流る、お猪口かな」
気が付けば私は一句詠んでいた。
「自由律俳句は辞めろと言っただろう。
酒が不味くなる」
絵守が絡んで難癖を付けてきた。
早くも神殿の戦士たちと
勝利の祝杯をあげている。
「自由律じゃない。
五七五に則った定型俳句だ」
私は絵守から杯を引っ手繰って飲み干した。
水で割り過ぎてメチャクチャ薄かった。
この勝利の余韻と同じくらい薄かった。
「こんなのが祝杯か?」
「祝杯?寝ぼけたこと言ってんな。
こいつぁただの景気付けだ」
「そういえば全然数が少なかったな」
「最初に言ったろ。
敵勢力は一万二千から一万五千だって」
「神殿警備隊千人と、ピラト軍が三千。
じゃあ、あと一万くらい?マジかぁ。
勝ったと思ったら並んだだけじゃん」
「その通り。
これから本番って時に酔っ払ってどうする」
絵守が飲み干した杯を後ろに放った。
そしてそのまま外の様子を見に
マントを翻し出て行った。
私は絵守が放り投げた杯を床から拾って
甲斐甲斐しく流し場に行って洗った。
私は何故に亭主関白な昭和核家族の妻
みたいなことをしているのか。
筆山さんならきっと
絵守さんの良い奥さんになるわよ。
違う。そういうのじゃない。
私はとにかく何かしていたかった。
落ち着かなかった。
得体の知れない、言い知れぬ不安が
胸の奥から込み上げてきつつあった。
🍎アカリ🍎
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