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仕事が終われば【前】(お題:飛行機と出張、信頼 私の愚行、口から出まかせ) その瞬間だった。視界が歪んだ。 涙が溢れていた。 五年間、一滴も出なかった涙が。 ヨミージが驚いた顔でこちらを見る。 俺は手で顔を覆った。 「俺は…」言葉が途切れる。 「逃げていただけだった」声が震えた。 「妻が死んでから、ずっと。 何も感じないふりをして」 舞台の上では、女が男の亡骸を 静止したように抱き続けている。 「仕事を続けていれば いつかまた会えると、勝手にそう決めて」 客席は、まだ息を殺したように沈黙して 微動だにしない。 「俺は、ただ許されたいだけだった。 誰かに、許してもらいたいだけだった」 暗い劇場の中で、頭の中の黒い靄が 塊になって喉元へ転がっていく。 やがて口蓋を埋め尽くしたそれは 圧力に耐えかねたように 咳を切って口から零れ出ていった。 「でも許されなかった。許せなかった。 俺なんか、早く死んじまうべきだったのに。 でも死ねなかった。 俺一人だけ こんなクソッタレな世界に取り残されて。 独りぼっちで。 俺は、寂しかった。 寂しくて堪らなかったんだ」 ヨミージは何も言わなかった。 ただ静かに、俺の肩に手を置いた。 そして、ゆっくりと 静かに俺を抱き寄せた。 ヨミージは、俺の耳元に 優しい声で囁いた。 「あなたは、どこにも行ってやしないわ」 聖母のような声だった。 菩薩の救済のような温もりだった。 クレメンティアの託宣のような響きだった。 涙が止まらなかった。 ヨミージの胸元は 俺の嗚咽でグシャグシャになった。 それでもヨミージは尚俺を抱き続けた。 しばらくして、ようやく顔を上げたその時。 色が、虚ろだった瞳に 反射して飛び込んできた。 照明の薄い青。緞帳の草臥れた赤。 客席の影を彩る緑。 五年間、モノクロだった俺の世界に 色が戻っていた。 俺は五年ぶりに、舞台を眩しいと感じた。 五年ぶりに、生きている気がした。 舞台は盛況に終わった。 俺はヨミージと並んで帰り道を歩いた。 「舞台に見入ってる君の横顔を見てさ」 何ともなしに俺は語り始めた。 「コーンウォールの約束を思い出したんだ」 ヨミージが首を傾げる。 「コーンウォール?イギリスの?」 「ああ。妻と新婚旅行で行くはずだった」 「そうなの。奥さんとの約束…」 ヨミージは何かを察したように その先を留めた。 「劇場で一緒に シェイクスピアを見るんだって。 とても楽しみにしてた」 ミナックシアター。妻と約束した場所。 「でも、今日それが 少しだけ叶った気がする」 俺はヨミージの方を振り返った。 自然と笑顔が零れた。 ヨミージも笑っていた。 大きな瞳いっぱいに 涙を溜めて笑っていた。 「なんで泣いてるの?」 「あなたが感傷的なこと言うからよ」 俺たちはまた笑い合った。 ずっと止まっていた時間が やっと少し前へ進んだ気がした。 帰国の日。 ヨミージは搭乗口の前まで 見送りに来てくれた。 「色々お世話になったね。本当に。 君に会えてよかった。神に感謝しないと」 俺は顔の前で適当に十字を切った。 「大袈裟ね。でも私も会えてよかったわ。 本当に。会えてよかった」 ヨミージはそう言って 切なげな顔をして俯いた。 「どうしたの?」 「あなたはこれからどうするの?」 「ん?どういう意味?」 「その…悩み事は解決できた?」 ヨミージは いつもの笑顔を作って顔を上げた。 俺は少し恥ずかしそうな バツの悪そうな顔をして言った。 「あ~…その あんだけ恥ずかしいところを 見せちゃったからね。 お陰様で吹っ切れたよ」 「じゃあ、もう大丈夫ね」 「ちっとは自分のために生きてみるよ。 っていうと 大変なのはこれからなんだけどね」 俺はちょっと苦笑いを浮かべた。 ヨミージはそんな俺を 満足そうな笑顔で見つめていた。 「あのね、最後に どうしても伝えたいことがあるの」 と、突然にヨミージが真剣な声になって 真面目な顔で 俺の目を真っ直ぐに見据えながら言った。 「え?なに?どうしたのよ、急に」 少し面喰った俺に対してヨミージは 身を乗り出すようにして語り始めた。 「あのね。実はあ_―――――――――」 ヨミージの唇が動く。 俺はそれを聞いていた。 聞いていたが、届かない。 彼女の唇だけが 視界の中でゆっくりと開閉している。 その輪郭が、霞がかったように どんどんぼんやりと薄れていく。 曖昧に、朧に、そして崩れた。視界が白む。 遠くで、銃声のような音が、また鳴った。 速報です。 今日午後、福岡空港に緊急着陸した 国際線の機内でハイジャック事件があり 警察は現場で男らを取り押さえました。 警察によりますと 犯人の男らは航空会社の元契約社員とみられ 拳銃のようなものを所持して 客室乗務員を人質に取り 機体を占拠していたということです。 この事件で 乗客の日本人男性一人が死亡しました。 死亡したのは東京在住の会社員 波佐間流生さん(30)です。 警察の調べによりますと 波佐間さんは人質となっていた 客室乗務員を助けようとして席を立った際 犯人の発砲を受けたとみられています」 画面は、滑走路に止まったまま 動かない航空機を映している。 その上には、絵具をのたくったような 雲一つない空の真っ青が 馬鹿みたいに開けて続いていた。 その色は どこまでも静かでどこまでも寂しく 黄泉路の果てまで 永遠に続いているように見えた。 🍎アカリ🍎 X 𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦 公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦開設したので フォローお願いします✨ ※公式LINEが凍結してしまったので 再登録お願いします🙇♀️ブログ一覧
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仕事が終われば【烈】(お題:飛行機と出張、信頼 私の愚行、口から出まかせ) 蛍光灯が眩しくて、夏。 夢を、夢を見ていた。 夢の中の俺は屋台で テキヤのオヤジに発砲して 怒って殴りかかってきたオヤジに対して 刃傷沙汰を起こしていた。 何故か俺は大権現様に 妖刀村正を帯刀奉納に行く途中だったのだ。 またつまらぬジジイを斬ってしまった。 その刀筋を地元の大親分に見込まれ 後の俺は裏社会で大出世。 泥鰌組の次期若頭筆頭まで上り詰めた。 そんな風に人が 気持ちよく寝ていたというのに この喧しい白熱灯のせいで出世が台無しだ。 まあ大体、妖刀村正なんつっても 当時、村正って銘の刀が大量生産されて みんな村正使ってたから あっちの辻斬りも村正。 こっちの辻斬りも村正。 こりゃ妖刀じゃってな話で。 じゃあ強盗がみんなユニクロ着てたら ユニクロは妖服ってことになるけども。 果たしてそれでいいんかい? 納得できるかい? 俺が納得しても ユニクロが納得しないんじゃないかな。 つまりそんなユニクロ的な刀を 大権現様に帯刀奉納するって時点で 怪しいと思ってたのよね、俺は。 でもね、それもわかりきった上で おれは夢を楽しんでたわけじゃん? それをばこの不細工な蛍光灯ときたら。 全く無粋な野郎だよ。 「気が付きましたか?」 見れば傍らには白衣の天使 というか大権現 というようなオバハンが立っていた。 「あの、人が寝てる時に電気つけるの 辞めてもらっていいですか?」 俺はソフィストぶった口調でそう言った。 果たして、俺は生きていた。 機動隊が投擲した スタングレネードのせいで 一時は意識が不明瞭だったが 実際は病院に担ぎこまれただけで 外傷も何もなかった。 携帯から部長の声がする。 会社は俺の「勇気ある行動」 を美談として処理するつもりらしい。 そんで予定通り出張を継続して 現地法人の立て直しをするように。 とのこと。 冗談じゃない。 何が「勇気ある行動」だ? 「卑劣なる裏切り」の間違いだろうが。 パーカーたちはきっと気づいてた。 俺が裏切ってたって。 じゃなきゃいくら何でも 俺を機長室に一人で行かせたりしない。 着陸をすんなり受け入れたりしない。 「OK。道具も舞台も整ったってことだな」。 そう、確かにあの時点で パーカーたちの訴えは 世界中に拡散されることが確定していた。 だからか。 彼らは航空会社の不正を暴ければ 端から自分たちの命なんて どうでもよかったのか。 俺が裏切ってようがどうだろうが そんなことはどうでもよかったのか。 「どうせ俺たちは終わってるんだ」。 パーカーの呟きが脳裏に蘇る。 そんなことはない。 着陸までの間、俺たちは笑っていた。 あのパーカーたちの笑顔は嘘じゃなかった。 でもそれは、最後ぐらいトニーと 元同僚と仲違いせずに 楽しく過ごしたかっただけ だったのかもしれない。 実際、トニーだった俺は笑っていた。 あいつらと一緒に笑っていた。 五年間笑えていなかった俺が。 笑える話だと、あの時は思った。 今は笑えない。 何故ならあれは俺じゃないから。 笑っていたのは あいつらの同僚だったトニー。 俺は他人の人生を借りて茶番を演じただけ。 ほんの一時、トニーに体を貸しただけ。 笑えない話だ。 結局、俺はパーカーたちと出会って 罪の十字架を更に重くしただけだ。 今思えば、性の十字架なんてのは 随分と軽いもんだったなぁ。 もはや、どうでもいいことか。 とにかく、俺は仕事をしなければならない。 再度出張に出掛けなければならない。 改めてタイ行きの便に乗った俺は 窓の外に死神を探しながら パーカーたちに呟いた。 「嘘をつきました。ごめんなさい。 死ねませんでした。ごめんなさい」 バンコクに着いたのは夜だった。 空港の出口で、一人の女が 俺の名前を書いた紙を持って立っていた。 「波佐間さん?」流暢な日本語だった。 美貌の人であった。 古語で言うところの 超マブいスケであった。 なんだろう。俺はこの女を知っている。 知っているどころではない。 目の前にいるその女は 死んだはずの妻に瓜二つだった。 俺は狂ってしまったのだろうか。 とうとう幻覚まで見え始めたのか。 そういえば トニーも俺に瓜二つという話だった。 この世には、同じ顔をした人間が 三人はいると聞いた事があるが それにしたって そんなドッペルゲンガーに 出会うような奇跡が こうもポンポン続くはずがない。 ではこれはどういうことか。 察するに、俺はトニーと間違われたことで 無意識にも愚かな希望を持ってしまった。 妻の写し身も どこかに存在しているはずだと。 その即席な信仰を 俺の精神はいつしか妄信した。 そんな自分勝手な願いが こうして妻の面影を 赤の他人に投影して見せている。 そんなところだろう。 大馬鹿野郎だ。 そんなことで自分を慰めて、何になる? お前は妻とも、パーカーたちとも 死を共にせず 一人のうのうと生き残っている癖に この上、何の償いもせず自分だけの世界に 逃げ込んで自慰に耽るのか? お前はどれだけの卑怯者に成り下がれば 気が済むんだ? 死ね。死ね。死んで償え。 でもお前には自死も許されない。 クソ野郎が。 🍎アカリ🍎 X 𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦 公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦開設したので フォローお願いします✨ ※公式LINEが凍結してしまったので 再登録お願いします🙇♀️ブログ一覧
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