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トニーの馬鹿【不】(お題:タイムスリップ 言語の壁、コミュニケーションの今昔) 一ヶ月が過ぎた。 凍えるような寒さ。死臭が漂う塹壕。 感染症に罹った者。 凍傷で動かなくなった者。足を引きずる者。 目の前の腐った友軍の死体の上を それでも兵士たちは進んでいく。 頭上僅か数寸を飛び交う 黒い風から低く身を隠しながら。 大砲の破片が掠った者は 肉ごと吹き飛ばされた。 敵陣に突撃した同僚はバラバラになった。 いつ何時襲ってくるかわからない 敵兵の奇襲に怯え続け 発狂していく仲間たち。 「早く地獄へ堕としてくれ」。 塹壕の壁にそんな書き残しがあった。 そう、ここじゃ地獄の方がまだ生温い。 人間の罪業の極限は ゲヘナの底よりまだ深い。 そんな中で、筆山は今日も眠る。 もう助からない友の呻きを子守歌に。 眠っている我が身に 砲弾の雨が降り注がぬよう祈りながら。 もはや開始五ヶ月で 百万人もの兵士が死んでいた。 奈落の暗がりに閉じ込められているのは こちらばかりに非ず。 とっくに両軍とも限界だった。 一秒でも早く この闇から解放されたかった。 死にたくない。殺したくない。 全ての兵士の望みはただ一つ。 「早く戦争が終わって欲しい」。 そのたった一つだった。 雪が降る。綺麗だ。 全てを凍結させてほしい。 そう思いながら 筆山は降り積もる雪を眺めていた。 その雪は、重なり、折あって 人の顔を成し始めたように見えた。 絵守の顔が顕れた。 絵守はヌクヌクとソファで 暖炉にあたりながらニヤニヤしていた。 全身が熱くなった。 筆山の体中に熱い血潮が流れ出す。 筆山はまだ生きている。 死にそうになる度 絵守憎しの一念をして魂を燃やし 復活し続けてきたのだ。 そして幾多の死線を越えてきた。 戦友たちの屍に囲まれた塹壕。 隣にはロバートが座っている。 「なあ、今夜はクリスマス・イヴだぜ。 信じられるかい?」 「ああ。どおりでみんな センチメンタルだと思った」 「どうセンチメンタルなんだ?」 「いつもより静かだ」 「そりゃみんな死んでるからな」 「おセンチな戦場だな」 己がこの前線にタイムスリップしてきてから 一ヶ月が経ったということか。 今やフランス外人部隊で 軍事演習していた頃が遠い天国に感じる。 静かな夜だった。 今までで最も静かな 最も生と程遠い聖夜だった。 ただただ死の緊張だけが 夜を覆い尽くしていた。 澱んだ空気の中に突然、歌声が咲いた。 ドイツ軍の塹壕の方から クリスマスキャロルが聞こえる。 「さ~いれんなあぁ~い… ほ~おぉりぃなあぁ~い…」 誰かが歌っていた。凄まじい音痴だった。 しかし、こんな凄惨な場所に こんな寂しい夜に その歌はとても不似合いで とても尊かった。 筆山は故郷の歌を思い出した。 歌の不得意な筆山が 毎年、学校で、パーティーで 嫌々歌わされていた、あの歌。 「き~いよぉしぃ~… こ~おぉのよぉるぅ~…」 気付けば筆山は歌っていた。 悍ましい音痴だった。 しかし 相対する塹壕から響く音痴の二重奏は 奇天烈なハーモニーを生んだ。 最初は二人の小さな声だった。 両軍の兵士たちは黙って聞いていた。 しかし、暫くして 歌が重なって聞こえてきた。 ドイツ兵が一人、フランス兵がまた一人と 歌い始めたのだ。 ロバートも隣で歌い始めた。 長三度でハモっていた。 なんだか鼻についた。 だがロバートも、他の仲間も 初めて見るような安らいだ顔で歌っていた。 きっとドイツ軍の方でも 同じだったのだろう。 やがて歌は、両軍の大きな合唱となって 戦場に響き渡った。 その歌が、死神を掻き消したのだろうか。 さっきまで隣り合わせだった死の気配が 無くなっていた。 そして歌が終わった。 両軍から、大きな歓声が上がった。 ついさっきまで 命のやり取りをしていた両軍が この夜、互い交わしたプレゼント交換。 自然と涙が流れた。 己たちは、人間だったのだ。 相手もまた、人間だったのだ。 この一ヶ月 すっかりそれを忘れていたような気がする。 小さな合唱祭を終えると ドイツ兵たちは 木に蝋燭を付けた即席のクリスマスツリーを 塹壕の上に置き始めた。 それは、今夜だけは争わずに ふクリスマスを共に祝おう。 そう願い込められた ドイツ軍からのメッセージだった。 フランス軍はそれを恭しく受け取るように 攻撃を一切行わなかった。 🍎アカリ🍎 X 𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦 公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦開設したので フォローお願いします✨ ※公式LINEが凍結してしまったので 再登録お願いします🙇♀️ブログ一覧
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トニーの馬鹿【摩】(お題:タイムスリップ 言語の壁、コミュニケーションの今昔) ――それは悪夢だったのか 前世だったのか あるいは誰かの描きかけの 絵の中だったのか。 土が燃え立つような砂塵の中で 頭上わずか一尺足らずを 鉄の塊が出鱈目に掠めて 前進の力を削っていく。 四肢に問題を抱えたように 地べたを這いながら 筆山は己が運命を呪っていた。 一体なんで こんなことになってしまったのか。 前衛のロバートが屁をこいた。 昨日配給で食べた芋料理を 南アフリカ原生林で取れた 謎の毒草をフレーバーに 地獄の釜でグズグズに掻き混ぜたかのような タナトスな香りが 弾丸に纏わりつく風に乗って 嗅覚どころか視覚にまで襲いかかる。 一瞬、目の前が 黄土色一色になったような気がした。 目の異常かと思ったが 果たして筆山は土塊に突っ伏していた。 あまりの屁の威力に 気絶してしまったのだろうか。 いや、違う。 同僚の放屁を顔面で 受け止めなければならない その不条理に浮かんだ涙を隠すために 筆山は咄嗟に顔を土塊に伏せて隠したのだ。 「Get your head up, Tony!」 しばらくそのまま泣いていたかったが 上官の耳を劈く声が鼓膜を圧迫し その圧で筆山の頭は ピタゴラスイッチのように跳ね上がった。 瞬間、黒い風が 頭髪を削るように薙いでいった。 その小粒な12.7×99mmの死神 は筆山を失禁させるのに 十分な説得力を持っていた。 小粒といえば納豆だ。 この規格はNATOだけどね。 ハハ。おもろ。 筆山の下半身に不快な温もりが広がった。 ゲシャゲシャになった カーゴパンツを引き摺りながら それでも筆山は停止を許して貰えない。 前からはメタンガス 後ろからはアンモニアが襲ってくる。 後陣を配す同僚たちから 非難の声が上がっている。 それはそうだ。 筆山の這った後の地面は ナメクジよろしく 陰湿に地面を湿らせている。 そこを後から通った 筆山の同僚たちの軍服には 素敵で最低な ラメ加工が施されることだろう。 訓練終了後のロッカールームで一人 居残って全員分の衣服を洗濯している この後の己の姿を想像して 筆山はまた泣きそうになった。 飯に間に合わない。 しかし仕方がない。 屁ならまだしも、小便を引っ掛けられて 憤怒に駆られない聖人など 残念ながらこの隊にはいない。 ああ神よ、我が罪障を許したまえ。 懺悔と共に、筆山は再び己が運命を呪った。 一体、どういう因果か。 何で己はこんなところで 砂を舐めているのか。 編集者からフランス革命について 書いてみないかと打診されたのが二ヶ月前。 押しに弱い筆山が唯々諾々で日本をたち フランスに到着したのが一ヶ月前。 同行していた編集者が 酒場で現地人女性を軟派し 待ち合わせに現れたその女性の 全盛期のドゥウェイン・ジョンソン のような彼氏に連れ去られ 行く方知れずになったのがその二日後。 途方もなく街を彷徨い歩いていた筆山が フランス外人部隊の基地前で 屈強な軍人三人に取り押さえられたのが 三週間前。 なんでもトニーというフィリピン人が 軍事演習中に脱走したとかなんとか。 筆山は何度も身の潔白を説明した。 しかし作家である筆山は 日本語のプロフェッショナルではあっても 外国語においては 海外文学の翻訳本さえ 読むのを嫌っていたため 彼の英語は壊滅的であった。 「あいあむじゃぱにーず まいじょぶのべるらいてぃんぐ」 強烈なビンタが飛んできた。 「If you disrespect the army again…」 目の前の軍曹の肩が怒りで震えている。 それでも筆山は何とか説得を試みる。 「のーいんぐりっしゅ あいむぷりてぃーひゅーまん」 「I’ll have you locked in the brig!」 今度はさっきと反対側の頬を 強烈な張り手が襲った。 少し左右のバランスが よくなったような気がした。じゃない。 なんでこんな道化がチーク塗った みたいな顔にされてるんだ。わからない。 わからないが、なんか 「これ以上口答えするなら 懲罰房に叩き込むぞ♪」 みたいなことを言ってた気がする。 尚更、訳がわからなかった。 そしてその訳のわからないまま 筆山は軍事演習に参加させられていた。 今日でもう二十日目だ。 その間にわかったことは なんでもそのトニーという フィリピン人は日系で 筆山に顔が瓜二つで 加えて脱走の常習犯であり 毎回捕縛されて連れ戻される度に 自分はトニーではない。他人の空似だ。 と訴えていたそうな。 そしてタチの悪いことに トニーは毎回その人種を変えて トボける癖があった。 一回目はドイツ人、二回目はガーナ人 三回目はムジャヒディン 四回目はミスチャイナ そして今回は日本全共闘の生き残りの フリをしてシラを切ろうとしている。 と思われているらしい。 🍎アカリ🍎 X 𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦 公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦開設したので フォローお願いします✨ ※公式LINEが凍結してしまったので 再登録お願いします🙇♀️ブログ一覧
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