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仕事が終われば【者】(お題:飛行機と出張、信頼 私の愚行、口から出まかせ) 翌日。 俺は成田からバンコク行きの 飛行機に乗った。 顔に新聞紙を載せて寝ている 小太りの中年紳士。 赤子に哺乳瓶をしゃぶらせる若い母親。 おそらくその夫であろう 隣で文庫本を捲っている青年。 杖をついてよろけながら 荷物を取ろうとしている老人。 それを甲斐甲斐しく手伝うCA。 地上から四万フィート離れた上空に 老若男女の生が横溢している。 そのことを呪う亡者がいた。俺である。 「こんな鉄塊がこんな高いところを 飛ぶ道理がおかしい。 落ちるべきだ。落ちないかな。落ちてくれ」 死神はどのくらいの 気圧に耐えられるのだろう。 今のところ飛行機の窓から 死神を見たなんて話は聞いたことがないが。 もし死神が気流に乗って 浮いてるのだとしたら この高さだと時速二百キロくらいで 吹っ飛ばされちゃうよね。 フワフワ浮いてるどころじゃないっての。 あと、気温もさ。 あんな寒そうなボロ布一枚で -50℃前後を耐えられるのかって話。 地獄だな。 まあ地獄から出張して来てるんだろうけど。 じゃあ平気なのかな。 だったら早く迎えに来てくれよ。 その願いが通じたのか 機内に突然、死神が現れた。 「騒ぐな」通路の中央に立った男が 拳銃を掲げた。 続いて客席から二人、男が立ち上がった。 更に通路奥からCAが… 喉元に銃口を押し付けられながら ーら歩かされてきた。 通路中央、パーカー。 客席左、スカジャン。客席右、ライダース。 CAの背後、ネルシャツ。計4人。 それぞれがラフな しかし色は黒で統一された格好をしていた。 見た感じ、どうやら全員日本人だ。 各々が一丁づつ拳銃を携帯している。 「この飛行機はハイジャックされた」 パーカーは声を荒げるでもなく 妙に落ち着いた調子で宣言した。 逆にそれが得体の知れない恐怖を生んで 搭乗者たちを縛り付けた。 口角の位置を高く固定して 貼り付けたような笑顔を振り撒いていた CAたちの表情が凍りついている。 殊に、銃口を突きつけられているCAなどは 口をパクパクさせながら 引きつけを起こしたように震えている。 「俺たちはこの航空会社の不正を 世界に知らせる。 悪いがその広報に立ち会ってもらう」 乗客の誰かが小さく泣いた。 スカジャンが、その嗚咽の音に反応して 素早く銃口を向けた。 一瞬にして機内に緊張が走る。 耐えきれなくなった 人質のCAが膝から崩れ落ちた。 腰が抜けたのだろうか。 「おい、立て。立てないなら他のヤツを…」 「待ってくれ」 気が付くと俺は立ち上がって 声を上げていた。 「その人を放せ。俺が人質になる」 「動くな。それ以上、動くと撃つ」 俺はその言葉を意に介さず ネルシャツの元へ ゆっくりと歩を進めていった。 「チッ…クソ野郎が。 日本語わかんねえの…て、あれ?お前…」 パーカーは発砲しなかった。 それどころか 訝し気にこちらへ近づいてくる。 「お前、トニー!トニーじゃないか! 生きてたのか?」 他の連中も中央通路付近に集まってきた。 「ほんとにトニーじゃないか! 嘘だろ、奇跡だ」 意味が分からない。 分からないが とりあえずトニーというのは こいつらの仲間らしい。 ここで、これを利用して こいつらに取り入ることができれば 御の字だ。 俺は言った。「あいるびーばっく」 トニーという日系フィリピン人がいた。 空港会社の契約社員で やはりこいつらの同僚だったらしい。 そんで俺に瓜二つだという。 そういえば俺の親父は すしフィリピンパブが好きだった。 母親と出会う前から嵌っていた。 そしてやたら バタくさい顔をした俺が生まれた。 これはつまり…。やめよう。 家系図にも載っていない 暗部に深入りするのは エプシュタイン島の闇を覗くのと 同じくらい危険だ。 置いといて、トニーは真面目な男だった。 会社の言うことなら何でも聞いた。 そして死ぬほど働いた。 ある日、空港からの帰り道。 トニーが事故を起こした。 車で中央分離帯に突っ込んだのだ。 会社はこれを「私生活の事故」として処理。 だが同僚たちは知っていた。 その日のトニーが 36時間勤務だったことを。 「俺は死んだって聞いてたからよ。 このヤタケタだって、お前の弔い合戦 みたいなところが半分あったんだぜ」 「そうだよ。なんで生きてんだよ。 いや良かったけどさ。連絡ぐらいくれよ」 「もう手遅れじゃん、これ」 「いえす。あいあむじあんだーていか」 「なんだそれ。不死身ってことか?」 「そうそう」 もはやこうなったら トニーになり切るしかない。 トニーは日本語も英語も不自由で だが連中にはなぜか トニーの言うことが通じた。 ならばこれは俺の得意分野だ。 自慢じゃないが俺も英語は全くできない。 そして俺は適当に喋るのが得意だ。 いやそもそも、こんな死んだような人生を 抜け殻として生きるより トニーとか言うヤツの魂を この身にぶち込んで もうこの先、トニーとして生きる方が まだ生き甲斐があるんじゃないか? どうせ俺は五年前に死ぬべきだったんだ。 今更トニーでもスタークでも 何でもいいじゃないか。 でも待て。 そうすると俺は仕事ができない。 どころか犯罪者になってしまう。 そうだ こんなことをしている場合じゃない。 俺は仕事をしなければならない。 🍎アカリ🍎 X 𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦 公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦開設したので フォローお願いします✨ ※公式LINEが凍結してしまったので 再登録お願いします🙇♀️ブログ一覧
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仕事が終われば【兵】(お題:飛行機と出張、信頼 私の愚行、口から出まかせ) ところが、逢坂命の実力は本物だった。 彼女の演技はその美貌に劣らなかった。 ルッキズムの極北にありながら 彼女は驕らなかった。怠けなかった。 恵まれた容姿に拘泥せず 人一倍の努力を己に課し 決して演技に妥協を許すことがなかった。 逢坂は僅か数ヶ月か月足らずにして 界隈でも屈指の実力派 と認められるようになった。 ひょっとしたら逢坂も 芝居そのものが恋人なのかもしれない。 そしてまた、俺と同じように 性の十字架を背負いながら 戦っているのだろうか。 俺は逢坂に勝手に親近感を覚えた。 そして俺と逢坂は 必然、共に主演を張ることが多くなった。 なんせうちの劇団の一番の売り物は 男と女の悲恋話。 ヒーローとヒロインのW主演は 必要不可欠なのだ。 人の色恋に悲憤慷慨。 人間の本質的な好物は 古代ギリシャから変わらない。 俺と逢坂命は、舞台上で幾度も恋に落ち 愛を語り合い、そして死別した。 そのどれもが、とても充実した恋愛だった。 逢坂とはプライベートでも 一緒にいて居心地が良かった。 役作りのためにデートをしたり お互いを語り合ったり そうしているうちに 俺と逢坂の価値観は 予想外なほどに共鳴していった。 初めての感覚だった。 俺はいつの間にか逢坂命に心惹かれていた。 それは、作り物ではなかった。 しかし、逢坂は? 彼女の方はどうなのだろうか?確かめたい。 もう新世界の神とかどうでもいい。 何がミッドナイト・ゴッド・ムーンだ。 正直、俺は限界だった。孤独だった。 下半身はもはや曠野だった。 俺はある日、逢坂を飲みに誘い ハートに火を付ける代わりに スピリタスを燃やし これを一息に飲み干した。 その勢いで、己が偽りない気持ちを 逢坂に余さず打ち明けた。 唇の真ん中に焦げ目がついて ふざけた顔になっていた。 逢坂はしばらく俺の顔を見て爆笑していた。 俺は耐えた。 緊張と恥辱で射精してしまいそうだった。 やがて、一通り笑い終えた逢坂が 目に涙を溜めながらも 真っ直ぐ俺を見て言った。 「私も全く同じ気持ちだよ」 俺たちは程なくして自然に同棲を始め そして逢坂のお腹に子供ができた。 俺はその場で逢坂にプロポーズをした。 片膝をついて指輪を差し出た俺を見て 彼女はまた笑った。 そして例の如くいっぱいに涙を溜めた瞳で 愛しそうにお腹をさすり 「よろしくお願いします」。 そう言って左手を差し出した。 俺はその薬指に指輪を嵌めた。 サイズを計るのを忘れていたので ブカブカだった。 幸いにして指輪を購入した金物屋が サイズ直しのアフターサービスを 行ってくれたので 俺は破産申告せずに済んだが 指輪がスカった時の逢坂は 腹が捩れて、中の我が子が心配になるほど 捧腹絶倒していた。 このことは両家の笑い話として 末代まで語り継がれるであろう。 それから俺は逢坂家へ挨拶に行き 生まれて初めての土下座をし ご両親にご結婚のお許しを頼んだ。 作法もわからぬまま 勢いで土下座した結果 刑務所でギャングにカマを掘られている みたいな恰好になってしまった。 御尊父は中々口を聞いてくれなかったが 御母堂は好意的に接してくれた。 というよりずっと爆笑していた。 後で聞いた話では、御尊父も俺が帰った後で 転げ回って爆笑していたらしい。 やはり血は争えないものだ。 真っ赤になった顔を両手で覆い隠しながら 帰り道でそう思った。 次いで劇団を辞めた。 意外なほどあっさりしていた。 何の躊躇も、一切の逡巡もなかった。 俺はとっくに、芝居よりも 余程大事な恋人を見つけていたらしい。 一ヶ月後、俺は友人のツテを頼って イベント制作会社の サラリーマンに転職した。 我ながら節操がないというか 薄情というか いや、これは順応性が高いというのだ。 新しい仕事には 演劇ほどの刺激も華やかさもなかったが そんな毎日が 演劇をやっていた日々の何倍も尊く感じた。 逢坂のお腹が少し丸みを帯びてきた頃 親族だけで小さな結婚式を挙げ 俺たちは結婚した。 俺も逢坂も、結婚式に 殊更な幻想を抱いていなかったし 披露宴などしてお互いの演劇仲間が 身内ノリでサプライズ茶番を 演じ始めたりしたら堪らない。 実際、俺の演劇人生における 推測統計から導き出された その可能性は極めて高かった。 危ない危ない。 獅子身中の虫ほど恐ろしいものはないのだ。 ともかく、こうして俺と逢坂は 正式に夫妻となった。 結婚式には拘らなかったがしかし 妻は新婚旅行には拘った。 二人の良縁のキカッケとなった恋愛舞台 その聖地であるコーンウォールへ 是非行きたいというのである。 当然、俺は一も二もなく承諾した。 夫婦としてミナックシアターで シェイクスピアを観劇する夜。 なんてロマンティックなんでしょう。 そんな素敵な夜が この世にあっていいのかしら。 是非行こう。是が非でも行こう。 善は急げ。旅行するなら 妻のお腹がまだ大人しい時分に限る。 俺はすぐに旅行会社に掛け合い なんとか駄々を捏ねて 二週間後に出立予定の パッケージを取ることに成功した。 これを逃せば夏休み・GWの 繁忙期に入ってしまうところだ。 俺は何て賢い旦那なんだろう。 生まれる時代が違えば かの名将スキピオ・アフリカヌスとも 互角に渡り合ったに違いない。 その時はハンニバル・バルカの仇を 俺が討とう。 俺は今は亡きカルタゴの地へ向かって 勝手にパラレルな誓いを立てた。 🍎アカリ🍎 X 𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦 公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦開設したので フォローお願いします✨ ※公式LINEが凍結してしまったので 再登録お願いします🙇♀️ブログ一覧
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