一音ズレた世界【承】
「あけましておめでと~。久しぶりだね」
シロ子は真っ白なロシア帽
丈の長いクリーム色の
ダブルのファー付きコートに身を包み
北海道生まれの肌の白さも相まって
雪の妖精のような雰囲気を醸し出していた。
「うん、一年ぶりだね」
「去年の新年会ぶりだよね。
元気してた~?」
「うん。暮れの方はだいぶ忙しくて
往生したけど」
「そういや本出るんでしょ?
重ねておめでと~」
「え?なんで知ってんの?
あいや、ありがとうなんだけど」
「クロ子ちゃんから聞いたよ~。
それで忙しかったんでしょ?
出版なんて私には未知の世界だな~」
「そうそう。
初めてだから勝手がわかんなくてさ。
もう出版社を行ったり来たり…」
「ところでモチモチ花魁ってなんのこと?」
「え?」
「いや、予約しようとAmazonのページ見たら
そう書いてあったから」
「ああ、あれは編集の人が
なんか気に入っちゃって…」
「新年に合わせて鏡餅的な意味合いで
ネーミングした的な?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど…」
「あれかな、モチベが溢れてるのを
反復して強調してるのかな?」
「う~ん、話せば長いような短いような
なんもないような…」
これだ。これなのだ。
シロ子は疑問に思ったことがあると
自分の中で納得が行くまで
真っ直ぐな眼でひたすら問い詰めてくる。
こちらが尻尾を巻きかけても
全く撤退を許してくれない。
「ないよ!モチモチ花魁に意味なんか!
あるわけがないよ!こっちが聞きたいよ!
強いて言うなら語感だよ!」
私は開き直って
強い語調で本音をぶちまけた。
シロ子は未だに納得いかない顔で
訝しげにしている。
しかし今だ。今しかない。
シロ子の口撃の手が一瞬
逡巡して緩でいる此処が先途だ。
「それよりシロ子の方はどうなの?音響」
「もう長いからね。
結構ベテラン風吹かさしてもらってるよ」
よし、何とか話頭を相手方に向けたぞ。
私の前頭葉で勝鬨が上がった。
しかしシロ子は仕事の話になると
人が変ったように意地が悪くなるのだ。
「現場はどんな感じなの?」
「面倒なことは殆ど下に任せて
私は上でふんぞり返ってるだけ」
「よくそれでストライキが起きないね」
「まあね。だってみんな馬鹿みたいに
私の言うこと聞いてくれるんだもん」
「まあ私たちもそうだったしねぇ」
「そうそう。奴隷よ奴隷。
最近の子は我慢強いよ。使えないけど」
「それ私たちも
めっちゃ言われてたと思うよ?」
「私もまさかあれほど憎んでた大人に
自分がなるとは思わなかったよね」
「下積みの子は大変だよねぇ」
「まあ私もそうだったし?
甘やかしちゃダメだよ」
「こうしていじめられっ子が
いじめっ子になって
パワハラが脈々と受け継がれていくのだね」
「しょうがないじゃん?
現場は戦場なんだから」
「私なんか下積みで辞めたようなもんだから
何もお零れがないよ」
「でもいじめっ子に
ならずに済んでよかったじゃん」
「私はいじめなんてしないよ」
「モチモチ花魁だもんね」
シロ子が口元に含み笑いを浮かべた。
私はシロ子のロシア帽を引っ手繰って
中にビールを注いで
戻してやろうかと思ったが
まだお通ししかきていなかったので
それもできなかった。
あな口惜しや。と、思っていたところに
やっとクロ子が来た。
「いや~あけましておめでとう!
個人的には何もめでたくないけど!」
クロ子が周りに気を遣わない大声で
大手を振って入ってきた。
カウンター席のお客が何人か振り返った。
目深なニット帽に
厚手のミリタリージャケット
ブカブカのカーゴパンツに
ゴツゴツしたタクティカルブーツを履き
全身これ黒一色に統一した
クロ子の出で立ちは
フランス外人部隊の不良が脱走してきた
みたいな感じで、ただでさえ目立っていた。
しかしクロ子は一切これを意に介さず
ズンズン店内を進み
足だけで器用にブーツをスッポリ脱いで
大股で私たちの奥座敷に足を乗り上げた。
遅刻の慚愧を微塵も感じさせないところが
今年も相変わらずクロ子である。
「年始くらい
めでたがってもいいでしょうよ」
「いや、テレビ番組が
正月特番に乗っ取られて地獄だよ」
「クロ子ちゃんは昔っから
テレビっ子だもんね~」
シロ子がいつの間にか
おっとりモードに戻っている。
「正月特番、楽しいじゃん」
「なんか無理やりテンション上げて
笑ってる人みるとやるせなくなるんだよね」
「みんな楽しんで
自然に笑ってるのかもしれないじゃん」
「一月一日に毎回ピンポイントで
愉快なことが起こる人生なんてないでしょ」
「でも日本人は何にでも
付和雷同だからね~」
「そうそう、嘘でも周りが楽しくしてたら
テンション上がるじゃん」
「周囲の熱狂に呑まれるのは
酒に吞まれるのと変わんないよ。
そんで呑まれてないと共感性が欠如してる!
なんて全体主義を発揮してくるんだから
世も末だよ」
「クロ子は変なとこで頭固いなぁ。
日本人は働きすぎなんだから
祝日は楽しんだ方がいいんじゃないの?」
「特に祝う気持ちがないのに
祝日ってなんだかねぇ」
「祝日がないと特別な日なんて
そうそう訪れないじゃん」
「日常の中にしか
特別な日なんて存在しないよ。
自分だけ特別を感じてりゃいいじゃん。
みんな特別を感じるのが下手なんだよ。
周りがありがたがってないと
それを特別視できないなんてさ。
ただのルサンチマンじゃん」
「なんだかクロ子ちゃんは哲学的だね~」
「いい加減目覚めなさい日本人!」
クロ子は某ドラマの天海祐希のモノマネを
右翼バージョンで絶叫すると
それで気が済んだのか
「まあとりあえず乾杯しよ!乾杯!
何にかは知らんけど!
てかまだ何も頼んでないじゃん!」
お兄さん!ビール三つ!
クロ子の大声が厨房付近の店員に直撃すると
よろこんで!と負けず劣らず
威勢の良い声が山彦のように返ってきた。
程なくして大ジョッキが三つ運ばれてくる。
入店してから約四十分後。
かくして私は漸く乾杯に辿り着いた。
「出版おめでとう!乾杯!」
クロ子の気を利かせてくれた音頭に
私は少し照れてしまって
ジョッキを合わす勢いが
角度と共に減じて衝突。
均衡を欠いた乾杯は
みんなのジョッキから泡を側面伝って滴らせ
テーブルの上に
雪だるまのような染みを作った。
🏮 燈 🏮
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𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦
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