ジューダス・クライスト【第四十話】
お題:異世界転生・歴史探訪
嘘つき同士の友情・最期の晩餐
希望と空虚・臆病者
据え膳食わぬは男の恥
正解と正しいは違う
美術館からトニーの『黄泉路』が
撤去されると聞いて
ロバートは飛んできた。
何でも悪質な落書きのせいで
元の絵への修復が不可能とのこと。
ロバートは
身寄りのないトニーの親友ということで
なんとかこれを譲り受けた。
絵の価値がなくなって
どうせ美術館側は
捨てるつもりだったのだから
自分が貰ってやった方が
トニーの希望にも叶うだろう
との行動だった。
しかし、絵は前にも増して
わけのわからないことになっていた。
凍てついた絶海で
人間を口に咥えた巨大な三頭の化物相手に
三人の赤い外套を着た男たちが
立ち向かっている。
トニーの顔をした男は斬撃で。
絵守画伯の顔をした一人は銃撃で。
そしてトニーにそっくりな顔をした
最後の一人は、両の手から焔を出し
我が世の春が来た。
というような高笑いを浮かべていた。
幸せそうに夜道を歩いていた
カップルの姿は消えていた。
無事
行くべきところへ辿り着いたのだろうか。
彼らがこの絵を見たらどう思うだろうか。
呆れて絶句するだろうか。
かく言うロバートも
意味不明が渋滞して一時放心虚脱していた。
が、これもトニーの形見には違いない。
ロバートは兵舎の部屋にこれを飾って
思考の彫刻が如く
穴の空くほどこの絵を眺めていた。
気が付くと全てが
冷ややかな微睡みという
氷の中に溶けてしまうような苦行であった。
ロバートは昏倒と覚醒の霧中で
尚も考え続けた。
飽き性な自分が、何故ここまでして
熱心にこの絵に執着するのか。
それはロバート自身にもわからなかった。
絵の魔力なのか何なのか
やがてロバートの目には
見えないものを見通す魔力か神力か
とにかく何やらが宿ったようだった。
どうやらこの化け物は大魔王サタンで
口に咥えているのは裏切り者の代名詞
ユダだということが朧気ながらわかった。
トニーたちはユダを救うために戦っている。
もしユダがサタンの口から自由になれば
ユダは裏切りの代名詞ではなくなる。
トニーたちはサタンを倒し
この世界から
ジューダス=裏切りの概念を剥ぎ取って
それを天界に
ノシを付けて叩き返すつもりなのだろう。
それからロバートは柄にもなく
辞書を何冊も買って来て
全てのジューダスの項を
毎日確認するようになった。
今ではすっかり彼の日課になっている。
ロバートは期待していた。
トニーの絵が
摩訶不思議な変化を遂げた時から
ある予感があった。
この絵は生きている。
生きてこの世界と繋がっている。
そして世界全体の理と戦っている。
自分はずっと待っていたのかもしれない。
いつか英雄が顕れて
この退屈で理不尽な世界を
因果の根底から断ち切り
ひっくり返してくれるのを。
絵を眺め、辞書を確認する度
ロバートはトニーたちと
同じ時を駆けている気持ちになった。
ジューダスの意味が動けば
自分はこの世に奇跡を認めることができる。
何となくこの絵には
奇跡が起きたり起こったりしそうな
希望の気配を感じるのだ。
ただ、そうなると
この絵から彼らの姿も消えて
『黄泉路』は
また違う絵に変ってしまうのだろうか。
否。
もはやこの絵のタイトルは
黄泉路ではあるまい。
『裏切りの救世主』とでも言おうか。
いつからかロバートにはこの絵と共に生き
同じ時間を過ごしていたい気持ちが
芽生えていた。
ジューダスの意味が変らないうちは
絵の中の彼らが戦っている
息吹を感じることができる。
しかし、やがて
戦いに終止符が打たれたならば
ジューダスは
何を意味する言葉になっているだろうか。
瞬間、立ち止まったロバートの頭に
雷光の如く言葉が過った。
かと思ったらその言葉は
ヌケヌケとまた戻ってきて
太々しく脳髄の真ん中に胡坐を掻いて
泰然自若と鎮座した。
『焼きたてのパン』
🍎アカリ🍎
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𝐈𝐧𝐬𝐭𝐚𝐠𝐫𝐚𝐦
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