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Blog@arabianチェキとドーナッツ【下】そしてついに、順番が回ってきた。 遠くから眺めるのに 飽き飽きしていたはずのパーテーションは 間近に寄ると 生々しい時間の風を心にふき込んできた。 緊張が血中のヘモグロビンひとつひとつに 伝導して全身に行き渡る感覚がした。 心臓の鼓動がピッピッピッピッ っと速くなりすぎて もはや音が繋がってピー …とご臨終しそうだった。 前職でタレントに対しては 耐性がついているものだと思っていたが どうも推しというものは そんなことに関係ないらしい。 生れて初めて感じる逢瀬の胎動に 身体を強張らせつつ パーテーションの中に歩を進めた。 仕切りの中の狭い空間は 白く発光していた。 勿論、どこにも 特別な光源なんてなかったのだが 新しい光が広がっているような心地がした。 その中心にある テーブルを隔てた目の前に、彼女はいた。 少し幼さを残しつつも美しい顔立ち。 陰りも屈託もない笑顔。 小柄でスレンダーな体躯は 会場中の光を集めた中から飛び出して まるで空気をくり抜いたかのような くっきりとした輪郭を描いていた。 「わあっ!女の人やぁ! 嬉しい~!ありがとう!」 会った瞬間に、彼女の顔は 久方ぶりの親友と再会したかのように パッっと明るく開いた。 「初めましてですよね? どこで私のこと知ってくれたんですか?」 「エッ、アノッ、ワタシ イツモドウガデ、ミテマシタ」 余りの眩しいオーラに 私は影ごと小さく縮んでいきそうだった。 彼女は更に目を輝かせた。 「うわあ!なんや恥ずかしいなぁ~! でもアレで知ってくれた方も多くて! ありがたいですホンマに!」 キラキラした瞳が 真っ直ぐ私の眉間を的確に射抜いてくる。 「アノ、キョウ、ワタシ コウイウノクルノハジメテデ キンチョウシマスネ」 「ええ!ホンマですか? うわ~!嬉しいなぁ! ほんなら気合入れてサイン書きますからね!」 丁寧にイラストを添えて カレンダーに可愛らしいサインを描く彼女は その姿からさえ一生懸命さが伝わってくる。 「…ハイッ!どうですか?」 「スゴクカワイイデス」 「良かった~!」 その後、私は一通り 動画を通してとても感動しただのなんだのと お気持ち表明を一通り伝えた。 彼女はそれに逐一 これまた感動の籠った リアクションで返してくれた。 「じゃあじゃあ!チェキ撮りましょ! どんなポーズがいいですか?」 「ア、エエト、ナンカ、ドウシマショウ?」 「じゃあ、二人でハート作りましょう!」 彼女は自然に私の隣に並び 蝮の顎の形にした 左手を私に差し出してきた。 唐突な接近に私は 身体の前側の体積が粒子に削られて 影の中に逃げ込んでいく気がした。 そして ぎこちなく大福を掴むような形の右手を 蝮の顎に合わせた。 なんだか右肩上がりなハートが出来た。 シャッターが切られる瞬間 私はカチコチの表情筋を 無理やりに吊り上げた。 「ホントに来てくれてありがとう! 今日ホンマに会えて嬉しかったです!」 私は最期まで平身低頭の体であった。 彼女と空間を同じくした時から その輝きに圧倒されっぱなしだった。 しかして私は なんだか明日の活力に満ちていた。 これが推し活の効果だろうか。 彼女は終始笑顔で目を見て 凄く心から向き合って、壁なく喋りかけて 元気を与えてくれた。 そして彼女もまた 自分のためにここまで足を運んでくれた ファンに心から感激し、元気を増していた。 なんと健やかな永久機関であろうか。 チェキを見ると、夏の光のような笑顔と 波打ち際の巌のような笑顔が並んでいた。 あの場の空気そのものを 残酷なまでに切り取った かのような写真だった。 推しは、会いに行く前と後で 印象は何も変わらなかった。 天然自然、和顔愛語、温厚篤実 でもただの女の子で。 それが、とても嬉しかった。 本当にあんな子がいるなんてことが驚嘆だった。 そして、チェキを見ては なんだか心に穴が空いたような気分になる。 また推しに会いに行った時は 次こそシャンとした姿で チェキを撮れますように。 願いながら チェキを片手にドーナッツを食べている。 この甘い甘い外枠を食べ尽くしたら 心にぽっかり空いた穴もなくなるだろうか。 そんなことを適当に思いながら。 🍎アカリ🍎 X *⋆⸜𝐧𝐞𝐰⸝⋆*公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※公式LINEが凍結されてしまいましたので お手数をおかけいたしまして 恐縮ではございますが 再登録をお願いいたします。 ※9月後半はお休みいたします。ブログ一覧
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Blog@arabian文字に咲く花【結】待ち合わせは古いビルの2階にある喫茶店。 剥き出しの木の匂いが濃く漂う店だった。 先に着いてしまった私は 席に尻を下ろして いち早く木との一体化を試みていた。 そして木目が腰辺りまで せり上がってきたような、そのぐらい。 階段を上がってくる女性の姿が見えた。 一目でリカだと、すぐにわかった。 彼女はいわゆる丸の内系OL といった装いで、清潔感のある ジャケットに淡い色のブラウス。 アイコンの横顔よりも 落ち着いた大人びた雰囲気だった。 「はじめまして」 着座の前に笑顔で挨拶する彼女に 私は木にはった根を 引っこ抜いて礼を返した。 彼女はメニューも見ずにコーヒーを頼むと おもむろにバッグからスマホを取り出した。 電子書籍派なのかしら? 「ねえ、この子見てほしいんだけど」 新しく発掘した新人作家だろうか? スマホに目を落とす。 フリフリの衣装。戦隊モノのような色合い。 無数のサイリウムの残像が 原色の照明に集る月光蛾のように 狭いキャパを埋めている。 これは、地下アイドル、というやつだ。 しかも彼女ら、韓国語である。 日本のアニソンなどカバーしている。 とんでもなくしんどいことが 起ころうとしている。 地下アイドルだけでも 全く守備範囲外なのに そこに韓国という異文化まで加わっては もはやUMAだ。 「ああ…」と私が呻吟を漏らすよりも早く リカは二倍速で語り始めた。 「顔が骨格レベルで美しいの。 ステージングも天才的で 特に2番のBメロが…」 話はMCの構成、衣装の変遷 ファンアートのクオリティ 海外ライブでの神対応 更には推しとブリトニー・スピアーズの 比較検証に至るまで… 洪水のように話は続いた。 私はサムギョプサルとチャプチェの ひつまぶしを味噌田楽で固めて 納豆味噌と共にチゲ鍋で 煮込んだものを見るような虚ろな目で その声を聞いていた。 何度か我に返り、乾坤一擲の合間を縫って 文壇の話を差し込もうとも試みた。 「芥川賞と直木賞が 両方該当作なかったのって 最近求められてる作風が――」 「ああ、そういうこともあるよね。 で、こっちがブリトニーの 発声時の周波数なんだけど 推しと比べて――」 焼け石に水。台風にポメラニアン。 投げた話題は 巻き上げられて二度と帰ってこなかった。 そして私はまた元の暴風雨に ライフラインもなしで晒された。 そして2時間後「やっと話せてよかった!」 彼女は満足げにそう言うと この後、ファンミがあるから! と言って、足早に席を立って店を後にした。 取り残された私と目の前のコーヒーは すっかり冷め切っていた。 耳の奥に薄くこびりついた チゲ鍋アイドルの歌が 微かに鼓膜にリフレインしている。 …あの文通での彼女は 果たして誰だったのだろう? 幻?ゴースト?ニューヨークの? あの、デミ・ムーアがろくろ廻してるやつ? マッチョが後ろから 抱き着いてくるシーンと共に ライチャス・ブラザーズの 名曲が脳裏に蘇った。 それは雑音を優しく拭って 緩やかに聴覚を浄化してくれた。 しかし、文字と言葉で こんなにも人格が二分化するものだろうか? いや、私も 人のことは言えないのだけれども。 それにしたって、これはもう ジキルとハイドではないか。 ということは、薬物? なるほど、彼女にとって 推しは薬物なのかもしれない。 文字の中のリカは 確かな文学少女の形をしていた。 実際に会った彼女は 推し活の通り魔だった。 実像とは一体なんだろう。 人は、文字だとよく見える。 立体になると、途端にぼやける。 当然のことながら 想像の活力と、実働の活力は 全く性質が違う。 両立もできない。 が、宙ぶらりんで生きることもできない。 片方に寄っては もう片方から責め立てられる。 これは本質的欲求と社会的仮面の ジレンマに似ているな、と思った。 されど、私は 文字の中のリカのことが好きだった。 文字の中にしか咲かない風景も あるのかもしれない。 文字の中でのみ完結する人間関係の美しさ。 実体を伴わない儚さ。 その冷たさ。その暖かさ。 逢瀬の薄氷を踏むまで、それは 優しさが奥深さを連れてくるように 確かな形でそこにあった。 私は帰路の雑踏のメロディーの中で 静かにアプリを消去した。 地盤を踏み抜いてしまわないように。 軽やかに。 🍎アカリ🍎 X *⋆⸜𝐧𝐞𝐰⸝⋆*公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※公式LINEが凍結されてしまいましたので お手数をおかけいたしまして 恐縮ではございますが 再登録をお願いいたします。 ※9月後半はお休みいたします。ブログ一覧
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