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Blog@arabianチェキとドーナッツ【上】――推しという名の栄養素は 恥と感激とドーナツの味がした 私にも所謂、推しというものがいる。 どせいさんではない。 霊長類の女の子である。 あるYOUTUBEの企画から 一気に有名になったその子は 思いやりの権化だった。 容姿端麗にして純粋無垢。 人一倍に不器用なれど 目の前の不幸を決して放っておけない。 例え身体が震え、涙が流れようと 他人に降りかかる理不尽には 真っ向から立ち向かう。 自分のこととなると自信がなく臆病なのに 周りのこととなると瞬時に菩薩の面が顕れ ひたすら地母神の如く化す。 そこには自己保身も承認欲求もない。 苦しんでいる人がいたならば 己のことなど形振り構わず いつも全力で救済に努めるのである。 共感と、献身と、抱擁。 自分にできることは全部やって それで足りなければ 勇気を奮って迷わずその先へ足を踏み出す。 穢れなき思念。不純物なき波動の螺旋。 それは 自己犠牲と他者貢献と慈愛無辺の混合物。 彼女を天使と呼ばずして何と呼ぼう。 私は決してミーハーではなく むしろ芸能人に対して、人一倍に憧れなど 持ち合わせない人種だと思っていた。 それは、音響時代 数々の芸能人に不遜な態度を とられた経験からもきているのだろう。 楽屋裏で作られた イメージの仮面を抜いたアイドルは 大多数がふてぶてしく 傲慢で、高飛車だった。 しかしながら、脆さと強さが 紙一重に同居する彼女は 画面越しにも関わらず、その紙の隙間に すっかり私の心を 閉じ込めてしまったのである。 そんな稀有な性質が 世間に見つかってからというもの 彼女の人気はどんどん急上昇。 私もその人気に引き寄せられた 一人ではあるものの、彼女の笑顔が スポットライトの形をした ヤスリで削られていかないか 少し心配でもあった。 そう思うと、どうにも会ってみたくなった。 すると、間もなく催される レースクイーンのサイン会に 彼女の名前があった。 急に爆発的に存在を 世に放った彼女であったが その時は、まだメインの仕事が レースクイーンに留まっている 過渡期の狭間だったのだ。 ここで行かねば、永遠に会えない気がした。 根が人見知りの私ではあるが かくして腹を決め 初めての推し活に挑むことと相成った。 渋谷で開かれたサイン会場は 男性でごった返していた。 数える程度にチラホラ見える 私のような女性ファンは 場違いであるかのように浮いていた。 人生最初の推し活の いきなりのハードルの高さに 私は気圧されていた。 できればハードルの下をどさくさに紛れて 忍者走りで潜っていきたいような心持ちで 列の中に気配を消していた。 会場はパーテーションで 三つのブースに分けられ 三人のレースクイーンが 並列にファンと交流する形であった。 推しのブースは真ん中にあった。 そしてそこのパーテーションだけ 分厚く仕切られて 推しの姿だけが遮られて見えなかった。 両脇のレースクイーンの子たちは 申し訳程度の壁しか設置されておらず 列の中からでもその姿が確認できた。 そして膨大なファンの列は そのほとんどが中央に吸い込まれていった。 左右に行く者は 10人にひとりあればいい方であった。 芸能界においての、知名度という力の差が 容赦ない格差として眼前に展開されていた。 どうしたって愉快な顔には なれないであろう左右の子たちは それでも少ないファンが目の前に来ると 満面の笑みと黄色い声で 本当に嬉しそうに向き合っていた。 そんな彼女たちの姿を見ていると 私の心には変な靄がかかり 寂しい気持ちになった。 景色が寒色を帯びて見えた。 推しに会いに来たはずなのに いつしか彼女たちを 応援したい気持ちが強くなっていた。 がんばれ。貴女たちはとても素敵だ。 長蛇の列の中で 私は自分が一体誰のファンなのか なんだかわからない感じになっていた。 が、姿の見えない推しのブースからは 左右よりも一層 黄色い大きな声が絶えず響いていた。 途方もない人数と触れあいながらも 推しの声には一切 疲れも雑念も混じっていない。 毎回、新鮮に感激している様子が 壁越しに伝わって来た。 一時間近く 気まずさを感じながら並んでいる中で 推しのテンションだけは 全く落ちることがなかった。 一体どういう体力をしているのだろうか。 精神が体力を凌駕している? それにしたって 精神にも体力はあるはずだ。 だとするとこれは 感情が精神をも凌駕しているのだろうか。 そんな人間が本当に存在するのだろうか。 これだけの人数を裁くのには 如何に人間愛が強い子であろうとも どこかで定型な対応に ならざるを得ないのが定石である。 しかし、漏れ聞こえる推しの会話の中には ひとつたりと予定調和な文句がなかった。 微塵のおざなりもなかった。 メディアでの彼女の像が ある程度は作られたものであることも 覚悟してきたのだが 耳には全くそんなことは ないように聞こえた。 🍎アカリ🍎 X *⋆⸜𝐧𝐞𝐰⸝⋆*公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※公式LINEが凍結されてしまいましたので お手数をおかけいたしまして 恐縮ではございますが 再登録をお願いいたします。 ※9月後半はお休みいたします。ブログ一覧
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Blog@arabian文字に咲く花【転】ケース⑤ 【市政とマッチングの狭間で】 「なんか、アプリの中って 議場みたいですよね」 何言ってんだこの人? わけのわからない比喩を繰り出すメグミは 地方議員の秘書を名乗った。 「皆それぞれの立場で『政策』という 恋愛観を出して、それに賛否を示す。 合意形成の場ですよ」 彼女は、ただ情報を遠回りさせるだけの やたらに無駄な言い回しを好んだ。 本人的には比喩表現が 見事に上手く炸裂してご満悦なのだろう。 本当に議員秘書なのかどうか 少し疑わしくなってくる。 加えて彼女は 妙に弁が立っている風の喋り方で やたらと「情報」に詳しそうな 雰囲気を匂わせてくる。 「この前の委員会、ほんとヤバくて。 議員が『非公開案件』を LINEで漏らしてたの、私だけ気づいてて!」 「それが本当であれば メグミさんは更にセキュリティ性の低い アプリのチャットで それを二次的に漏洩させてる ことになりますよ」 「内緒ね!情報って、動くの。 使い方次第で人が救われるし 間違えば誰かが辞職するけど笑」 自分で語尾に笑を 付けるような話ではないが 彼女が喋ってる「情報」とやらには ほとんど中身がないので 逆に笑で正解なのかもしれない。 具体性を装った「風味」だけで構成される 彼女のエピソードトークは 看板だけ本場だの博多だのとご立派な癖に 出汁をティーバッグでとっている インスパイア系豚骨ラーメン屋 の匂いがした。 「市民相談のメールも 恋愛相談と構造は似てるのよ。 『水道管から変な音がします』とか 『彼氏が浮気してるかもしれません』とか。 どっちも困ってる人を どうケアするかが大事なの」 水道と男とは およそ流れる方向が違いますよ。 などというツッコミをする気も もはや起きなかった。 しかし「へぇ」「そうなんですね」などと 適当な生返事を返していたことが 迂闊にも彼女のギアを 上げてしまっていたようだ。 「アカリさんと会って じっくり市政の話をしてみたいな。 もしかして一緒に何かできる人かも」 まずい。議案も可決もされていないのに 予算だけが組まれようとしている。 「顔合わせの日程は 臨時会で可決してからにしましょうか!笑」 私はそっと通知をオフにした。 チャット履歴は 公文書として表沙汰になることなく 電子の海に沈んでいった。 …それから、だんだんと 放置しがちになってしまって いつしかアプリ自体、開かなくなっていた。 ある晩、寝る前に、ふとした気まぐれで 久しぶりに開いてみた。 すると、未読の赤い数字が 目に飛び込んできた。 「久しぶりですね。最近読んだ本 もしよかったら話しませんか?」 送り主は、リカという女性。 丸顔で前髪を下ろした横顔のアイコン。 プロフィールには 「コーヒーと古本と猫」の一文のみ。 これまで何度かやり取りはしていたが 途中で私が放置していたため 完全に音信不通になっていた。 そんな相手から返信が来ていたことが なんだか昔の文通のようで 一周廻って風流に感じた。 素直に、少し嬉しかった。 そして再開されたチャットは 不思議なほど滑らかだった。 私と彼女は太宰治の ユーモアの奇才ぶりについて語り 三島由紀夫や谷崎潤一郎が 齎した影響について触れ 夏目漱石の晩年にまで話を広げた。 誰かと言葉で遊んでいる感覚を 久しぶりに味わった気がした。 「漱石の前期は 比喩も構造も一望千里の広がり 時代を超えて到達困難な 筆力の孤峰ですよね」 「わかります。 でも後期は、まるで外套を 脱いでしまったような印象じゃないですか? 病後の体力、精神力の 変化もあったんでしょうけど」 「時代性に歩調を合わせた結果 初期の孤高な美文は 影を潜めちゃいましたよね。 社会心理小説に傾いて 修辞の華やかさを自ら封印しちゃって」 「その点で言うと 三島や谷崎は上手くやりましたよね」 「そうそう、時代の文壇に 新奇な感覚と美意識を提示して 完全に時代の寵児って感じで」 「太宰治は、また別枠ですよね。 道化の天才というか 唯一無二のリズム感も併せて ダザイズムというか」 「何より人間らしさですよね。 川端康成のこと刺すって言ったり 志賀直哉とバチバチにやりあったり」 割とマニアックなやり取りが心地よく 文学談義に咲いた花は いつの間にか小豆色の暁を連れてきた。 彼女に会ってみたい、そう思った。 こんなに話が合うなら 直接の対話も弾むに違いない。 私は初めてアプリでアポイントを取った。 🍎アカリ🍎 X *⋆⸜𝐧𝐞𝐰⸝⋆*公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※公式LINEが凍結されてしまいましたので お手数をおかけいたしまして 恐縮ではございますが 再登録をお願いいたします。 ※9月後半はお休みいたします。ブログ一覧
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