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Blog@arabian文字に咲く花【結】待ち合わせは古いビルの2階にある喫茶店。 剥き出しの木の匂いが濃く漂う店だった。 先に着いてしまった私は 席に尻を下ろして いち早く木との一体化を試みていた。 そして木目が腰辺りまで せり上がってきたような、そのぐらい。 階段を上がってくる女性の姿が見えた。 一目でリカだと、すぐにわかった。 彼女はいわゆる丸の内系OL といった装いで、清潔感のある ジャケットに淡い色のブラウス。 アイコンの横顔よりも 落ち着いた大人びた雰囲気だった。 「はじめまして」 着座の前に笑顔で挨拶する彼女に 私は木にはった根を 引っこ抜いて礼を返した。 彼女はメニューも見ずにコーヒーを頼むと おもむろにバッグからスマホを取り出した。 電子書籍派なのかしら? 「ねえ、この子見てほしいんだけど」 新しく発掘した新人作家だろうか? スマホに目を落とす。 フリフリの衣装。戦隊モノのような色合い。 無数のサイリウムの残像が 原色の照明に集る月光蛾のように 狭いキャパを埋めている。 これは、地下アイドル、というやつだ。 しかも彼女ら、韓国語である。 日本のアニソンなどカバーしている。 とんでもなくしんどいことが 起ころうとしている。 地下アイドルだけでも 全く守備範囲外なのに そこに韓国という異文化まで加わっては もはやUMAだ。 「ああ…」と私が呻吟を漏らすよりも早く リカは二倍速で語り始めた。 「顔が骨格レベルで美しいの。 ステージングも天才的で 特に2番のBメロが…」 話はMCの構成、衣装の変遷 ファンアートのクオリティ 海外ライブでの神対応 更には推しとブリトニー・スピアーズの 比較検証に至るまで… 洪水のように話は続いた。 私はサムギョプサルとチャプチェの ひつまぶしを味噌田楽で固めて 納豆味噌と共にチゲ鍋で 煮込んだものを見るような虚ろな目で その声を聞いていた。 何度か我に返り、乾坤一擲の合間を縫って 文壇の話を差し込もうとも試みた。 「芥川賞と直木賞が 両方該当作なかったのって 最近求められてる作風が――」 「ああ、そういうこともあるよね。 で、こっちがブリトニーの 発声時の周波数なんだけど 推しと比べて――」 焼け石に水。台風にポメラニアン。 投げた話題は 巻き上げられて二度と帰ってこなかった。 そして私はまた元の暴風雨に ライフラインもなしで晒された。 そして2時間後「やっと話せてよかった!」 彼女は満足げにそう言うと この後、ファンミがあるから! と言って、足早に席を立って店を後にした。 取り残された私と目の前のコーヒーは すっかり冷め切っていた。 耳の奥に薄くこびりついた チゲ鍋アイドルの歌が 微かに鼓膜にリフレインしている。 …あの文通での彼女は 果たして誰だったのだろう? 幻?ゴースト?ニューヨークの? あの、デミ・ムーアがろくろ廻してるやつ? マッチョが後ろから 抱き着いてくるシーンと共に ライチャス・ブラザーズの 名曲が脳裏に蘇った。 それは雑音を優しく拭って 緩やかに聴覚を浄化してくれた。 しかし、文字と言葉で こんなにも人格が二分化するものだろうか? いや、私も 人のことは言えないのだけれども。 それにしたって、これはもう ジキルとハイドではないか。 ということは、薬物? なるほど、彼女にとって 推しは薬物なのかもしれない。 文字の中のリカは 確かな文学少女の形をしていた。 実際に会った彼女は 推し活の通り魔だった。 実像とは一体なんだろう。 人は、文字だとよく見える。 立体になると、途端にぼやける。 当然のことながら 想像の活力と、実働の活力は 全く性質が違う。 両立もできない。 が、宙ぶらりんで生きることもできない。 片方に寄っては もう片方から責め立てられる。 これは本質的欲求と社会的仮面の ジレンマに似ているな、と思った。 されど、私は 文字の中のリカのことが好きだった。 文字の中にしか咲かない風景も あるのかもしれない。 文字の中でのみ完結する人間関係の美しさ。 実体を伴わない儚さ。 その冷たさ。その暖かさ。 逢瀬の薄氷を踏むまで、それは 優しさが奥深さを連れてくるように 確かな形でそこにあった。 私は帰路の雑踏のメロディーの中で 静かにアプリを消去した。 地盤を踏み抜いてしまわないように。 軽やかに。 🍎アカリ🍎 X *⋆⸜𝐧𝐞𝐰⸝⋆*公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※公式LINEが凍結されてしまいましたので お手数をおかけいたしまして 恐縮ではございますが 再登録をお願いいたします。 ※9月後半はお休みいたします。ブログ一覧
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Blog@arabian文字に咲く花【承】ケース② 【人生もポートフォリオ】 「出会いも資産。 運用次第で未来が変わるんだよ」 そんな文言をぶち込んできた レイナという女性のプロフィールには 『30歳でFIRE目指してます!』 と書いてあった。 彼女はチャットの一発目から 「仮想通貨とETF、どっち派?」 と聞いてくる猛者だった。 「とりあえず、今はどっち派でもありません」 「じゃあ、ビットコインと 出会いの共通点から話そうかな。 どっちも初動が命で 感情に流されると損するんだよね」 彼女の言葉は、自分の頭の中だけで 満足して完結しているようで あまりに俯瞰を怠って 構築されているために 他者に伝聞するための心遣いが一切ない。 つまり 何を言っているのか全くわからない。 加えて、5分おきに 経済系Youtuberのリンク コラージュしたグラフ等が 矢継ぎ早に送られてくる。 「将来設計ってさ 誰と組むかで全然変わるよ? 人生もポートフォリオだから!」 「随分と大胆な視点をお持ちですね」 「私さ、人生のポートフォリオ組んでるの。 仕事・交友・恋愛。 どれも分散投資しないと」 「でも経済論理性に交友や恋愛を置くのって 何の発展性もなくないですか?」 「あるよ。時間も感情も投資だから」 「損得の二元論で 仕事以外の人付き合いしても 疲れるだけになりませんか?」 「人生は有限なんだから 効率的に運用するべきなんだよ」 なんともつまらない生き方に 全力で舵を切っている ように見える彼女の船。 「恋愛にも配当ってあるんですか?」 とりあえず乗船してみる。 「もちろん。かけた時間分のリターンが 男から還ってこなかったら すぐ損切りしないとね」 彼女の辞書に無償の愛 という言葉はないようだ。 しかし彼女が自論を 本気で語っていることだけは伝わってきた。 「アカリちゃんも、自己投資しないと。 セミナー来る? 参加費は軽くペイできる」 目の前の我が人生の含み損を スワイプでそっと損切りした。 ケース③ 【孤独と対話する自撮り】 「この光、私の孤独が話してるの」 しずくという名の彼女は 白壁の前で撮られた10枚の自撮りを 一気に送りつけてきた。 どれも微妙に角度が違うだけだった。 しかし自撮りを通して 己の孤独と対話するという 彼女の感性は面白い気がした。 確かに自撮りとは 究極の自己完結の形のひとつだ。 そこに他者が介在しなければ なるほどそこには孤独しかあるまい。 そこに映りこんだ光を 『孤独の言葉』と表現し それが視覚化したものだというセンスも なんだかそんなに嫌いではない気がした。 「なんだかいい感覚ですね、こういうの」 「そうでしょ? これは『午前の孤独』で こっちは『午後の孤独』」 ネーミングセンスには閉口した。 彼女が題を付けると途端に 写真まで陳腐になる気がしたので 辞めた方がいいと思った。 が、彼女が時間ごとに 撮影を区切っていることには なんだかフィロソフィー なこだわりを感じた。 「あなたも顔、撮ってみてよ。 そう、泣く直前の顔とかがいいかも」 誰が撮るんだそんなもん。 そもそも『泣く直前の顔』を撮ることに どんな意図があるのか? 皆目見当が付かない。 「なんで泣く直前がいいの?」 「人間性のギリギリを攻めたいの。 泣いちゃったら、もう感情の奴隷だから」 なんだかそれなりに丁度よく 「ぽさ」を含んでいるように聞こえた。 それで私は さすがに泣く直前とはいかないが 試しに一枚、自分の飾り気のない 「あるがまま」の横顔を送ってみた。 果たして私は 彼女の口をついて出るであろう 人間性を透かして 更に奥深いところに触れるような 人生の深淵を感じさせるような そんなアーティーな一言を 暗に待ち伏せた。 一体、どんな言葉のメスで 私の自撮りを解体し モダンな表現に昇華してくれるのか? 「うーん、明暗のバランスが悪いね」 普通に写真のダメ出しをされただけだった。 あれじゃないのか 君の仕事は、その不調和に 『なんとなくのアーティー』 を付与することではなかったのか? 明暗のバランスがキレイにとれていたら それにこそ 『欠落を隠す技には 人の本質が宿っていない』 とかなんとか言って 大いにケチをつけるべきなんじゃないのか? 何故に私の写真に限って 写実的に扱う必要があるのか。 とても裏切られた気がした。 「今度さ、二人で撮り合おうよ。 光の中で、感情を残すの」 私は返事を返さなかった。 今は残したくない感情の方が 多い気がした。 ケース④ 【北向きのベッドは運気が死ぬ】 「北向きのベッドで寝てると 対人運が枯れるよ」 ハナコはいきなり初対面で そんなメッセージを飛ばしてきた。 「なんでですか?」 とりあえずの返事を打って送る。 それと相打ちくらいの間隔で 「間取り図ある?」 二の矢が飛んで来た。 あんまりレスポンスが早いので スマホで適当に描いて送ると 秒で三の矢が襲来した。 フリック入力で追いつくレベルではない。 もしやこれが風水の力? 風水エンジンてやつ? チェーンコンボ簡単に繋がるアレ? いや私にとっては 全然簡単じゃないんだよなぁ。 頭にチョココロネを二つ付けた 蜘蛛っぽいテコンドーガールを キタエリボイスで サディスティックに再生していると 意識の外から風破刃の三枚刃が 上中下段を掠めてきた。 「赤いものを西側に置いて。 あと、財布は黄色禁止」 「風水ですか? あれって科学的な根拠あるんですか?」 「それは体感」 「体感ということはハナコさんは 身体知としてそれを熟知している ということですか?」 「シンタイチ?」 「言語知外での 身体感覚での知的経験知です。 例えばその体感を言語化できますか?」 「ゲンゴチ?」 「身体知外での 言語感覚での知的経験値です。例えば…」 『体感』という言葉を信用するには 相当の信頼がいるように思える。 でも、ハナコはどこか母性的だった。 「う~ん、確かに 私も言葉を大切にしなきゃね」 「私も、もっと体感を大事にしてみます」 それから、私の部屋の西側には 赤いキーホルダーが 今も転がっている。 🍎アカリ🍎 X *⋆⸜𝐧𝐞𝐰⸝⋆*公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※公式LINEが凍結されてしまいましたので お手数をおかけいたしまして 恐縮ではございますが 再登録をお願いいたします。 ※9月後半はお休みいたします。ブログ一覧
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