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Blog@arabian文字に咲く花【転】ケース⑤ 【市政とマッチングの狭間で】 「なんか、アプリの中って 議場みたいですよね」 何言ってんだこの人? わけのわからない比喩を繰り出すメグミは 地方議員の秘書を名乗った。 「皆それぞれの立場で『政策』という 恋愛観を出して、それに賛否を示す。 合意形成の場ですよ」 彼女は、ただ情報を遠回りさせるだけの やたらに無駄な言い回しを好んだ。 本人的には比喩表現が 見事に上手く炸裂してご満悦なのだろう。 本当に議員秘書なのかどうか 少し疑わしくなってくる。 加えて彼女は 妙に弁が立っている風の喋り方で やたらと「情報」に詳しそうな 雰囲気を匂わせてくる。 「この前の委員会、ほんとヤバくて。 議員が『非公開案件』を LINEで漏らしてたの、私だけ気づいてて!」 「それが本当であれば メグミさんは更にセキュリティ性の低い アプリのチャットで それを二次的に漏洩させてる ことになりますよ」 「内緒ね!情報って、動くの。 使い方次第で人が救われるし 間違えば誰かが辞職するけど笑」 自分で語尾に笑を 付けるような話ではないが 彼女が喋ってる「情報」とやらには ほとんど中身がないので 逆に笑で正解なのかもしれない。 具体性を装った「風味」だけで構成される 彼女のエピソードトークは 看板だけ本場だの博多だのとご立派な癖に 出汁をティーバッグでとっている インスパイア系豚骨ラーメン屋 の匂いがした。 「市民相談のメールも 恋愛相談と構造は似てるのよ。 『水道管から変な音がします』とか 『彼氏が浮気してるかもしれません』とか。 どっちも困ってる人を どうケアするかが大事なの」 水道と男とは およそ流れる方向が違いますよ。 などというツッコミをする気も もはや起きなかった。 しかし「へぇ」「そうなんですね」などと 適当な生返事を返していたことが 迂闊にも彼女のギアを 上げてしまっていたようだ。 「アカリさんと会って じっくり市政の話をしてみたいな。 もしかして一緒に何かできる人かも」 まずい。議案も可決もされていないのに 予算だけが組まれようとしている。 「顔合わせの日程は 臨時会で可決してからにしましょうか!笑」 私はそっと通知をオフにした。 チャット履歴は 公文書として表沙汰になることなく 電子の海に沈んでいった。 …それから、だんだんと 放置しがちになってしまって いつしかアプリ自体、開かなくなっていた。 ある晩、寝る前に、ふとした気まぐれで 久しぶりに開いてみた。 すると、未読の赤い数字が 目に飛び込んできた。 「久しぶりですね。最近読んだ本 もしよかったら話しませんか?」 送り主は、リカという女性。 丸顔で前髪を下ろした横顔のアイコン。 プロフィールには 「コーヒーと古本と猫」の一文のみ。 これまで何度かやり取りはしていたが 途中で私が放置していたため 完全に音信不通になっていた。 そんな相手から返信が来ていたことが なんだか昔の文通のようで 一周廻って風流に感じた。 素直に、少し嬉しかった。 そして再開されたチャットは 不思議なほど滑らかだった。 私と彼女は太宰治の ユーモアの奇才ぶりについて語り 三島由紀夫や谷崎潤一郎が 齎した影響について触れ 夏目漱石の晩年にまで話を広げた。 誰かと言葉で遊んでいる感覚を 久しぶりに味わった気がした。 「漱石の前期は 比喩も構造も一望千里の広がり 時代を超えて到達困難な 筆力の孤峰ですよね」 「わかります。 でも後期は、まるで外套を 脱いでしまったような印象じゃないですか? 病後の体力、精神力の 変化もあったんでしょうけど」 「時代性に歩調を合わせた結果 初期の孤高な美文は 影を潜めちゃいましたよね。 社会心理小説に傾いて 修辞の華やかさを自ら封印しちゃって」 「その点で言うと 三島や谷崎は上手くやりましたよね」 「そうそう、時代の文壇に 新奇な感覚と美意識を提示して 完全に時代の寵児って感じで」 「太宰治は、また別枠ですよね。 道化の天才というか 唯一無二のリズム感も併せて ダザイズムというか」 「何より人間らしさですよね。 川端康成のこと刺すって言ったり 志賀直哉とバチバチにやりあったり」 割とマニアックなやり取りが心地よく 文学談義に咲いた花は いつの間にか小豆色の暁を連れてきた。 彼女に会ってみたい、そう思った。 こんなに話が合うなら 直接の対話も弾むに違いない。 私は初めてアプリでアポイントを取った。 🍎アカリ🍎 X *⋆⸜𝐧𝐞𝐰⸝⋆*公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※公式LINEが凍結されてしまいましたので お手数をおかけいたしまして 恐縮ではございますが 再登録をお願いいたします。 ※9月後半はお休みいたします。ブログ一覧
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Blog@arabian文字に咲く花【起】――彼女の二面性は 文学とチゲ鍋の間にひらひらと揺れていた。 私の世界ってば 衣装もパネルも煌びやかなんだけど 属性的には灰色のトーン強めだから 履歴書に全くインクが滲んでない女性が たまに気にかかる。天下の往来を我が物顔で 闊歩して憚りのない 青天に身を委ねた女性たちは 今日日 一体どんな生活をしているのだろう? どんな話で盛り上がるのだろう? そこに愛はあるんか? 信じられる愛はあるんか? 女の友情なんてものが 灰色の影を濃くするほどに 激しく煌めいていたりするのかしら。 果たしてドラマのような カフェで職場のアレコレを 笑い合い愚痴り合い そんな時間がちょっとだけ 明日をマシにしたりするのかしら。 虎穴に入らずんば虎児を得ず。 かくして私は 女性専用友達マッチングアプリ なるものに登録したのであった。 さすがに職業欄に馬鹿正直に 『恋するお風呂屋さん』などと書いては 花魁道中も泡と消える夢なる気がしたので 『音響エンジニア』としておいた。 「元」ではあるが、全くの虚偽ではない。 嘘のコツは真実を少しく含めることだと 偉い政治家が言っていた気がする。 ところが、これがよくなかった。 よっぽど音響というものが物珍しいのか どうして中々に食いついてくる。 「何を録っているんですか?」 「マイクってどやって選んでるんですか?」 そんなことを聞いて 一体何が面白いのだろうか? そのうち某女優の歴史的名言まで 飛び出して来そうな勢いだった。 「どうして生まれてから大人になった時に 音響さんになろうと思ったの?」 「きっと大人になって年齢重ねると共に 本当に棒を…声を録るだけでいいの?」 …そしたら私はこう答えてやるんだ。 「そんなことは 私にも、わからないんだよ」って。 まあ私とて、昔の職業の話をしたところで 何も面白いことはないのであって もはや意図的に質問者の興味を削ぐように 未経験者には到底理解不能な すこぶる専門的事柄を 敢えて交えて応えたりしていたのだが 何故かどうしてかそうすると 質問が過熱する傾向にあった。 マニアックになるほど火がともる。 人の好奇心とはわからないものである。 私は彼女たちに言いたいよ。 「どうして生まれてから大人になった時に 音響さんにたくさん質問しようと思ったの?」 頭の中のリトル広瀬すずに 心中を掻き乱され 苦虫を嚙み潰す思いをしながら それでも、やりとりが続いた何人かがいた。 何故かそれは、とても奇妙で それなりに興味深い女性たちばかりだった。 ケース① 【あなたの前世、蛇だったと思うの】 一体どう関係性を持続させればいいのか というような一言。 ミウという名の彼女の職業欄には 『スピリチュアルセラピト』とあった。 なんだろう、とにかく一文一文に オーラの泉が氾濫している。 こういう界隈では 当たり前の挨拶なのだろうか。 「こんにちは。お写真を拝見して 前世から蛇のエネルギーを感じます」 「私はイヴをたぶらかして リンゴを食べさせたりしてませんよ」 「しかしアカリさん あなた、脱皮しやすい人生でしょう?」 「まだ一皮も向けていない気がします」 「でも生き方を変えることに対して 抵抗がないでしょう?」 「それは平均よりは そのきらいがあるかもしれません」 しまった。 ついうっかり乗っかってしまった。 「その前に、蛇といえば 西洋ではサタンの化身と忌み嫌われ 東洋ではスネークカルトとして 蛇神が信仰され、扱いが真逆ですよね?」 私は調子付かれる前に機先を制しておこうと 無理やり話頭を捻じ曲げた。 「え?ああ 言われてみれば、それはそうですね」 「ミウさんは私を西洋蛇、東洋蛇 どちらと見做しているのですか?」 「西洋、東洋の概念は関係ないのです。 前世というのは蛇というそのものの 生物的属性にのみ帰属します」 「ではそこに宗教学は一切 絡む余地がないと? 前世という概念自体が宗教学に 帰属しているにも関わらずですか?」 「私の言う前世とは、特定の宗教に 帰属する意味合いのものではないのです。 あくまでその人を取り巻くオーラの話です」 「でもそのオーラは、今の私からではなく 私の前世から発せられているのでしょう?」 「そうです。現世に転生する一代前の アカリさんは蛇でした」 「であれば、やはり 私が西洋蛇だったのか東洋蛇だったのかは 重要なファクターだと思います。 だいぶ人生 いや蛇生の難易度が変ってきますので」 「どこの蛇だろうと、蛇は蛇でありますから 大枠は変わりませんよ」 「いえ、想像してみてください。 ヨーロッパで民衆に 石を投げられる西洋蛇と ジパングで神社に祀られ 胡坐を搔いている東洋蛇、その身分の差を」 「そのどこまでも絡みつくような 前世に対する承認欲求こそが アカリさんが蛇であった証拠です」 はぐらかされた上に 遠回しな人格攻撃を受けた気がした。 「しかし そこまで前世と同期率の高い方は稀です。 アカリさんになら 声が聞こえるかもしれません」 メッセージと続けざまに 御大層な座布団に乗っかった 石の写真が送られてきた。石? 「これは富士の麓で拾った レムリアン・クォーツです。 今は『語り』の波動が強くなってますから 聞こえる人には声が届きます」 「じゃあこの石に聞けば 私が前世で虐められてたか 祀られてたかがわかるんですか?」 「言葉というより 『感覚』で理解するものです。 今、『あなたに必要な出会いが来る』 と言っています」 「あの、それより 蛇の話を聞きたいんですけど」 「アカリさん。 あなたから『風の音』を感じる と言っています」 「風の前に蛇はどうなったんですか?」 「風はメッセージを運びます。 アカリさんの曇った第六チャクラも 風に当たれば整います。 そしたら北東の公園で 裸足になってみてください」 私はスマホをそっと置いて、窓を開けた。 外は、風ひとつない猛暑に揺れていた。 🍎アカリ🍎 X ♡𝗡𝗘𝗪♡公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※公式LINE凍結されましたので お手数おかけして恐縮ですが 再登録お願いいたします ※9月後半はお休みいたしますブログ一覧
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