あんしんの国【下】
「…でさ?ほら、この鎮宅霊符なんてさ
横線の入りが、もう職人芸だよ」
屈託のない男の笑顔に
人の尊い純粋さが垣間見えるようで
空気はいつしか暖色を取り戻していた。
しかし
それにしたって解せないことがある。
「じゃあ、このお札たちは
巨大霊を封じてるんじゃ…」
「だからホラー系とか心霊とかは
全然興味ないんだって。マジで」
「信じてないにしては
ちょっとその方面の知識に
詳し過ぎやしませんか?」
「ああ、それはドラえもん信じてないけど
ドラえもんグッズ
集めてる人と同じみたいな?
ドラえもん博士ならぬ、お札博士的な」
なんだか全身の力が抜けた。
目の前の男は、ただ趣味に
真っ向から興じている正直者だった。
それはとても素敵なことで
それは私にも共通するものがあると思った。
「なるほどそれは
私が存在しないどせいさんのグッズ
集めてることと同じなんですね」
「ん?どせいさんて何?」
「これです」
私は鞄に提げた
どせいさんの小さなぬいぐるみを
男の方に向けた。
「うわ、キモ」
「え?」
暖色に包まれていた空間が
ステンドグラスを叩き割るように砕け散り
一瞬にしてモノクロになった。
「あ、いや、キモカワってやつ?
斬新さが無意識を
攻め立ててくるっていうか…」
無声映画の中で、男の声は私に届かず
あれほど気になっていたお札さえ
白黒に塗りつぶされて存在をなくした。
店を出るとき
「これおまけ」そう言いながら
男が一枚のお札をくれた。
妙に黄ばんでいる。
帰宅すると、いつものように
どせいさんが私の帰りを待っていた。
リビングの机の真ん中のどせいさんは
電気をつける前から
ほんのり発光して見える。
「おかえり ですぞ」
「ただいま ですぞ」
電気をつけながら帰宅の挨拶を交わす。
電灯に照らされたどせいさんの頭部は
光を射返して今日も艶やかだ。
「きょうは なぞのかみ もらってきた ですぞ」
鞄から、くすんだ紙切れを取り出して
天井に向けて透かしてみる。
細長く伸ばした墨の線は
不安定な震えを四方に広げている。
臨終際に足掻く虫の足みたいだな
なんだか剣呑だ、と思った。
「ほほー これは おふだ と いうもの ですな」
「そう ですぞ。
びよういんの ちゃらおが
いっぱい はってた ですぞ」
「いっぱい ですな」
どせいさんの
どこまでも続く深淵のような瞳の奥に
一瞬、くっきりと白金に輝く
円形の輪が浮かび上がった。
ような気がした。
「では わたしが しょうか いたす ですぞ」
「しょうか?」
「ぺたり と わたしの まゆげ に はれば
まもりの ふだ に しんか ですぞ」
「まゆげに はったら
ひたいに はるのと おなじ ですぞ」
「おなじ ですぞ。
つまり まゆげ=ひたい ですぞ。」
私はお札をどせいさんの
まゆげのあたりにペタリと貼る。
「ぺたり ですぞ」どせいさんの顔というか
全体は、札にほぼほぼ隠れて
バランスの悪い
キョンシーのようになってしまった。
「これで わたしは せいれいよけの
どせいさん に なった ですぞ」
どせいさんは
お札の向こうから誇らしげに宣言した。
なんだかお札から剣呑さが消えて
胸がふっと軽くなった気がした。
「おふだは むじに しょうか ですぞ。
これで あんしん の くに ですぞ」
私にとって お札は
どせいさん そのもの でありますぞ。
🍎アカリ🍎
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