あんしんの国【中】
しかし
果たしてそんな霊を鎮めている
その中核を担っているお札は
どれであろうか?
よっぽど霊験あらたかな
恐山のイタコ百代分の魂を注ぎ込んだような
半端ないお札に違いない。
そしてきっと古くて傷んでて
汚れてるんだろう。
だってお札というものは
とりあえず古い方が
良さげに見えるんだもの。
朽ちかけてるものほど
なんだか強そうに見える不思議。
年功序列制?
それともヴィンテージってやつ?
普通だったら、絶対新品の方がいいのに。
昔の坊主の念力には勝てないのだろうか。
最近の若い坊主なんて
ベンツ乗り回しのグッチにドルガバで
説得力がないということか。
でもさ、JAPANの坊主なんて
昔から生臭じゃないの。
そんなね、インドのブッダガヤで
死に物狂いの修行してる人とかいないから。
毎日遊郭出入りして
泣かした女は数知れず。
そういうもんでしょ坊主なんて。
とある雑居ビルに
坊主BARってのがあってさ。
昔、一度入ってみたら
そこのマスター=坊主が言ってたよ。
坊主たるもの俗物を極めるべし。
こういう商いしてなんぼ。
飲む・打つ・買うは当たり前。
生臭じゃなけりゃ青臭い。
臭みがなけりゃ坊主にあらず。
坊主はくさやと似ています。とかなんとか。
南無南無。
「気になるでしょ?
これ全部俺のコレクションなんすよ」
現実逃避に夢中になっていると
頭の上から、妙に明るく弾んだ声がした。
栗色マッシュにピアスが三つ。
日サロで焼いているであろう肌は
頬骨のあたりが少し赤茶けている。
少しこけた頬の間に見える
口角の吊り上がり方が
何となく軽薄そうに見える。
袖を捲った白シャツの
先に見える指先の上には
金色のネイルが嘘っぽく輝いている。
どうやら
このチャライを具現化したような男が
今日の私の担当美容師らしい。
そして口ぶりから察するに
男はここのオーナーでもあるようだ。
「コレクション?」
私の視線が四方山なお札に向けて
様々な角度に飛んだ。
そんな私の顔色を見て取った男は
何やら自慢げに口元を緩め
そして語り始めた。
「入口左の柱のやつは、鎮宅霊符。
家に棲む霊を鎮める符で…」
「レジ横のやつは、五芒星護符。
陰陽師とかが使う結界符ってやつ…」
「天井の梁のあそこ
こっからはあんま見えないけど
九字切り護符が九枚。
南西から北東へきっちり順にダダダッと…」
「んで、鏡の縁に沿って一枚ずつ
計十八枚の病魔退散符。これはね…」
鏡で自分の髪を確認するたびに
黒々とした筆跡が
否応なく視界に躍り込んできて
背筋がヒヤっとする。
勘弁していただきたい。
男はそんな私の様子など意に介さず
事も無げに軽快に鋏を操っている。
そして軽口とは裏腹に
口から出る単語は異様にマニアックだ。
この感じ…
もしやこの人は
霊能者兼美容師兼オーナー兼
安倍晴明の血筋的なアレコレで
巨大な邪霊を一人で封じ込んで
この土地を密かに守っている
なんてベタな設定だったりしないだろうか。
「これ、全部本物なんですか?」
「ほぼ本物だね。
京都の骨董で拾ったのとか
台湾の廟から持ってきたのもあるよ」
「はぁ」
なんだか余計に怖いような気がしてきた。
「あと、シャンプー台の裏に
ベトナムの黄紙符っていう
水回りの霊除け貼ってんだけど
これとかガチで効くって凄い言われたよ」
水回りの霊避けが美容室に必要な理由…
閉店後、誰もいないシャンプー台。
蛇口から突然溢れる水。
鏡に映るはずのない黒い影…
だとしたら、一体この店には
どれだけの霊がいるというのか。
脳裏に浮かんだ映像を振り払うように
私は男に問いかけた。
「その、こういうのって
やっぱり何か、あったりするんですか?」
恐る恐る尋ねると、男は鋏を止め
しばらく無言で私の髪を指で梳いた。
重苦しい沈黙。
悪寒が首筋を伝い
鼓動のリズムが出鱈目に跳ねる。
「お姉さん、そういうの信じる系?」
「え?」
「俺、リアリストだからさ。
そういうスピリチュアルなの
苦手なんだよね」
鏡の中の男が何を言っているのか
一瞬意味がわからず
額の裏側に虚ろな霞がかかる。
「じゃあ、何もないんですか?」
「何もって?霊とかそういう系?
いや、そんなんいるわけないでしょ」
「は?」
「あ、ごめん。いてもいいんだけどさ。
俺はいない派っていうね」
「でもほら
水回りの霊除けがガチで効くとか…」
「効くわけないじゃん。
あんなんで水回り問題解決したら
水道屋が自殺しちゃうよ」
「ええ?
じゃあなんでお札貼ってるんですか?」
「俺ね、お札フェチなのよ。
インテリア感覚で集めてたら増えちゃって」
「フェチ…?」
「いや、ちょっとよく見てご覧よ。
カッコよくない?
墨の掠れ方とか筆跡の跳ね方とか
色合いのくすみ方とか…」
男は少年のように目を輝かせながら
まるで名画を紹介するように
お札の魅力についてプレゼンを始めた。
その顔からは
すっかり軽薄さが消えていた。
🍎アカリ🍎
ꫛꫀꪝ✧‧˚X
公式LINE
✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp
ご予約詳細は🈁