みちくさ
久々の池袋は相変わらず
緩やかに呼吸を繰り返している。
いつものように、
朋友との待ち合わせ時間に
30分以上先んじて
目的地への到達を達成してしまった私は、
これからの時間をどう溶かそうかと
その調理法を逡巡した結果、
歩行者天国沿いの喫茶店に入った。
昼時だというのに
大して込み合ってもいない店内は、
東京の風情を薄れさせる
埼玉県民の植民地としての風体を
演出するに十分であった。
規則正しいマニュアル通りの
クルーの動きを眺めながら、
自分は今、耳元で
「実はこの人たちは
高性能給仕型アンドロイドなのだ」
と謎の老紳士に
衝撃の事実を告げられたとしても、
さして驚かないであろう。
なんということを考えていたら
注文したコーヒーが出てきた。
すぐさま400円をクルーの手に渡し、
一瞬触れ合ったその手に
体温のあることを確認して、
やはりアンドロイドではなかったことに
少しほっとした。
ギャルっぽい2人組みの女子が
バンズやポテトを
おおらかに広げている横の、
通りに面した窓際の
カウンター席が空いていたので、
なんの遠慮もなくそこに腰掛ける。
ギャル組は私が席に着くなり
少しトレーを居心地悪そうに
横にスライドさせた。
特に座席の選別に気を使わない私に、
少し違和感を覚えたのであろう。
私はそうした僅かな拒絶を、
全く深みも感じない
コーヒーと共に飲み込んだ。
この特等席から観る
ホコ天の人波は実に楽しい。
急ぐことなく緩やかに流れていく
人、人、人。
特に面白いのが、
明らかに個々人の目的が
バラバラである点だ。
子供を肩車して家族サービスする父親、
推し活中の女子高生、
校内の噂話を肴に休日を楽しむ大学生、
どこを目的としているのか
全く想像ができない空手の外国人。
一人一人の人生をまばらに妄想し、
そこに勝手にペンを入れて妄想に浸る。
この時を至福というのかもしれない。
私にとって幸せな時間というのは
一定ではない上に、
それが資本や世間体にも
結びついていないのだから、
やはり私は変わり者なのだろう。
例え待ち人が来なかったとして、
この人間水槽の前で回遊魚を眺め
石像のごとく椅子と同化して
満更でもない自分の様子が
容易に想像出来る。
おそらく暮六つ、
酉の刻近くまではこうしていられるだろう。
その間に短編小説でも
描きおおせるだろうか。
否、流石にスマホは
ネタ帳に最適だとしても、
私のような物書き気取りが小説を書くのに
フリック入力で済ませるのは
さすがに無粋である。
それくらいの矜持は私にもあるのである。
ごっこ遊びでも文豪ぶるからには、
やはり腰を据えて机に向かわねば
気分も乗るまい。
ただの書痴が文豪を
気取りたければ尚のこと、
執筆の姿勢に拘るべきなのである。
こういう文豪然とした体勢に
潔く従順たれという自分に、
もう既にどこか気取ったところを感じる。
結局、私にも俗なところがある。
真の変わり者に憧れても、
仙人のように霞を喰って
生きる領分には程遠い。
いわんや、仙人が霞を喰という行為も、
大衆の幻想を守るために
無理をしているんじゃあないかと
空想してしまう。
結局、仙人も俗物である。
俗物は俗物なりに俗世を
俗な店の窓から俗な目線で
眺めているのが一番ちょうど良い。
待ち合わせに余った時間が
私のような俗人間には心地よいのだから。
こうして毎回、私のコーヒーの減りは
人通りに反比例して少ない。
口蓋に思い出したように
苦味が広がるのを感じて、
ふと私は喫茶店の店内に
余計人が少なくなっているのを振り返り、
少し心配した。
待ち人はまだ来ない。
それも余計に多少の心配を寄こしたが、
まだ外を眺めていられることの方が、
少しだけ勝っていた。
🍎アカリ🍎
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