なんか妖怪?(長編)
定番のギャグから失礼しました、すみれです🤭
「妖怪」と聞いて、何を思い浮かべますか?鬼?天狗?それとも…河童でしょうか。
↑だいたいこんなイメージでしょうか?
日本では平安時代末期まで「妖怪」という言葉は存在せず、説明のできない不思議な出来事は「鬼」や「邪神」、「荒神」「霊」などとして説明されていたそう。自然災害や疫病、飢饉などの不吉な出来事は「怪異」と恐れられ、そこから「物の怪」が現れるという構図が定着し、災を引き起こす存在へと変化していったそうです。
こちらは平安時代の伝説の鬼、酒呑童子。鬼滅の刃に登場する鬼舞辻無惨のモデルとも言われています。
説話や軍記物において、奇異な存在を退治する物語が多く生み出され、鬼の典型的な姿が徐々に定着し始めたのは鎌倉時代から室町時代にかけてのようです。「付喪神絵巻」が描かれ、器物の怪が広がる中で、怪異の可視化・擬人化の深化が見られました。
使い古され、捨てられた器物の妖怪ですね。
そして安土桃山〜江戸時代初期。手書きの写本文化や木版印刷の技術が発展し、物語や絵巻の中で妖怪が名称と姿を伴って描かれるようになったそう。それまで「怪異」や「霊的存在」といった現象や実態を伴わないようなものも、具体的なイメージとして視覚化され、次第に独立した存在として描かれる素地が作られるようになったようです。江戸時代後期に向かって、妖怪は伝承や説話をもとにしつつ、霊性はなくなり、人間社会のパロディや滑稽さを反映させたエンターテイメントとしての性格を帯びるようになり、妖怪が「怖いもの」から「面白いもの」へ変化していきました。
たしかにキモカワイイ感じにアップデートしてますね!
ここで、江戸時代に活躍した浮世絵師を紹介いたします。まずは妖怪をキャラクターとして描いた先駆者のひとり、鳥山石燕。代表作には三部作の「画図百鬼夜行」があり、木版印刷にて多くの人の目に触れました。
お次は超有名浮世絵師、葛飾北斎。北斎の絵は四谷怪談のイメージがありますね。恐怖と滑稽さが両立する独自の世界観は、まさに北斎のなせる技ですね!
さぁ、どんどんいきましょう。河鍋暁斎は、幕末から明治にかけての、社会が大きく変化した時代を生きた絵師の一人です。北斎の影響を受けつつ、西洋画や西洋マンガの技法も積極的に取り入れたようです。
次は月岡芳年。鳥山石燕の構図やモチーフを参考にしたり、光と影の表現や遠近法などの西洋画の影響を積極的に取り入れ、迫力のある作品を生み出しました。
最後は歌川国芳。こちらの絵はご覧になったこともある方が多いのではないでしょうか。躍動感やスピード感のある絵の構図が特徴的です。幕府による厳しい言論統制が強まる中、妖怪たちを駆使して当時の政治や社会にメッセージを投げかけたようです。
実物の展示もあり、見応えがありました。
市川團十郎の文字を発見したりもしましたよ💡
3DCGやプロジェクションマッピング、ホログラフィックスクリーンといった最先端の技術によって、すぐそこで息をしているような…まさに「動き出す」妖怪となって、あちらこちらから顔をのぞかせる。会場内には300種以上の妖怪がうごめいておりました。
動画を載せられないのが残念ですが、妖怪たちが動いていてとても見応えがありましたよ。
↑中央に美脚の妖怪発見。
座敷童や鬼などの紹介もありました。
こちらは囲碁を楽しむ白蔵主とぬらりひょん。ぬらりひょんは妖怪の総大将なんですって。結構リアルに作られています。(…リアルとは?)
網きり・青坊主・朱の盆。
河童もいました!
藤の花は魔除けの力があるとされ、藤原氏の家紋にちなんで春日大社を中心として広まったそう。藤の香りのアロマが広がっていました。
藤の花も見頃なのでどこかに見に行きたいなぁと思っています。
現代アート作家による妖怪の現代化。結構カワイイでございますね!
妖怪ねすごし。この子はたぶん毎日私の枕元にいます(笑)
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