-
次の記事
-
Blog@arabian浅草黙示録【下】「あ、そうだ。あんたたち」 ママがふと思い出したように カウンター下をごそごそ探り出した。 「これ、着てみる?」 出て来たのは、色褪せた浴衣。 洗濯のりも抜けきったような布地だが 妙に艶めかしい。 「着る着る!それママのお古なの?」 「そうよ、あんたこれ、特別よ」 クロ子はノリノリである。 「お姉さんたち、はいはい順番ね。 写真撮ってあげるから」 真っ先に袖を通したクロ子が 「似合う?」と回転してみせる。 「似合う似合う。 銀幕スターの2号さんみたい」 「2号って何?仮面ライダー?」 「あんた馬鹿ねぇ、愛人よ愛人」 「ダメじゃん!」 クロ子はまたケタケタと笑う。 ママはそんなクロ子にまた乾杯する。 「ほらアカリも早く着てみなって」 クロ子に半ば無理やり薦められながら 私も観念して羽織ってみた。 案外着心地が良い。 「あら、あんたなかなか色気あるじゃない。 これは1号さんね」 「納得いかない!」 クロ子が赤ら顔で抗議している。 まだ大して呑んでいないのに すっかりできあがっている。 そう、彼女は酒好きのくせに 滅法アルコールに弱いのだ。 下手の横好きとでも言おうか。 いや、なんか違う気もする。 なんだか私も酔ってきたような。 「1号って正妻ってことですか? 私の勝ちってことですよね?」 「あんた馬鹿ねぇ 1号は泣かされるのよ。可哀想に」 「何号が正解なんですか!」 クロ子は大爆笑だ。 ママはまたも、涙に乾杯 とか言って杯を仰いでいる。 写真を撮り合い 一通りキャッキャと浮かれ騒ぎ ともあれここはまだほんの 二件目であることを思い出した。 呑み歩きの序盤で潰れては元も子もない。 「そろそろ出ようか?」 充分楽しんだし ということで私たちは腰を浮かせ 会計を頼んだ。 しかし、伝票を見た 私の視界は一瞬グラつき ほんのり赤みを帯びていたはずの頬は 一瞬にして病的な青に変わった。 二万三千四百五十円。 お通しの枝豆とカクテル2杯ずつ。 たったそれだけで、である。 やはり一件目の酒に マジックマッシュルームでも 入っていたのか。キノコに乾杯。 しかし、何度まばたきしても 目の前の数字は揺らがない。 2万。…2万!? クロ子は「へぇ」と笑っている。 ママは紅い唇の端を上げ 何でもないと言った風に 「カードも使えるわよ」と告げる。 私は観念した。 ここで払わなければ きっとフィリピンかバングラディッシュ 辺りに売り飛ばされてしまう。 移民問題が取り沙汰されている昨今 我々までがいち早くエスケープして 移民と化しては 我が国に申し訳が立たない。 何より、そんなことになれば時を置かずして 霊界の移民になる可能性が高い。 やんぬるかな。 財布から諭吉を引き抜く手が震えた。 いや、栄吉だった。 なんだか余計に腹が立った。 くそぅ、諭吉を返せ! 二重の意味で、そう思った。 外に出ると、浅草の夜風が妙に冷たい。 スマホで店名を検索すると 案の定「ぼったくり注意!」 の文字が踊っている。 なるほど。 他の客がやけに大人しかったのも道理だ。 どうやら、ママがしれっと口にした酒代が すべてこちら持ちだったらしい。 道理でことある毎に 乾杯乾杯と囀っていたわけだ。 あの厚化粧に食わせるカクテル代を 私が背負わねばならないとは なんたる不条理か。 離島出の蛮勇娘・クロ子の誘いに 盲従した報いが、これである。 私は腹が立ってきた。 よっぽど、彼女を責めようとした。 無鉄砲も大概にしろと。 が 同時に自身の主体性の無さにも辟易した。 指示待ち人間、道なき道を行く。 とどのつまり、これはおあいこなのである。 おかまの話は確かに面白かった。 だが、金が絡むと笑いは霧散する。 人間とはかくも不均衡な存在か。 良心とはなんだ。 私は無理やり、自分に言い訳をした。 あれはチップだ。 私たちこそ、あの悪辣な守銭奴に 良心をくれてやったのだ。 世知辛い世間を渡るため 私は度々、良心という不定形な概念に 折り合いをつけてお茶を濁す。 クロ子はといえば 「楽しかったから、まあいいじゃん」と 涼しい顔で笑っている。 その笑みが羨ましく思えた。 彼女の豪放磊落な視界から見える世界は 幸せな光で満ちているのだろうか。 私は世界に苛まれているのだろうか。 否。悩み多き優柔不断な私の世界にも それなりに苦難という人間らしさが 満ち満ちているわけで そこを比べてしまっては いよいよ負けな気がした。 「どうしたの?」 「なんでもない」 それきり黙って歩きながら なんだかんだ 私たちは良いコンビなのかもしれない。 なんてことを思いつつ 私たちの飲み屋巡りは 大して酔うこともなく幕切れとなった。 その後、私は無理にクロ子を説得し ようやくスカイツリーに登った。 眼下に広がる街の灯火は まるでトロイアの城砦のようで 私は悠々自適の神気分に浸り 存分にゼウスの傲慢を 味わうつもりであった。 が、青い空の端に 茜色の夕焼けが大きく迫ってくる様が ハルマゲドンを想起させ 結局のところ「嗚呼、人生は黙示録」 などと訳のわからない感慨に沈みながら 私の姦しい休日は 静かに幕を閉じていくのであった。 🍎アカリ🍎 X *⋆⸜𝐧𝐞𝐰⸝⋆*公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※公式LINEが凍結されてしまいましたので お手数をおかけいたしまして 恐縮ではございますが 再登録をお願いいたします。 ※9月後半はお休みいたします。ブログ一覧
-
-
前の記事
-
Blog@arabian浅草黙示録【上】――昼間の酒は 世界の終わりを 小銭で前払いする作法である。 「昼間から酒が飲めるんだって」 クロ子が気焔をあげている。 昼間から意識を酩酊させて 前後不覚を望むとは 何という不埒ものであろう。 そもそも、休日にとりあえず 浅草駅で待ち合わせをしてから ブラブラしようという約束に 30分も遅刻しておきながら 第一声がこれである。 大方この大雑把な友人のことであるから 目覚まし時計も掛けずに寝た横着の報復を いつも通り受けたに違いない。 仕事には一度も 遅刻をしたことがないと豪語する癖に 私との約束を その外に置いて反故にするとは 全体どういう了見であろうか。 私と仕事どっちが大事なのよ! という古からの伝家の宝刀の柄が 喉元まで出かかったが 返す刀で仕事と答えられる可能性も 往々にしてあるのであって そうなってはこちら矢も楯も堪らず そのまま絶縁と相成る未来も 想像に難くはない。 仕方がない。腐っても友情。 もし友情をバナナとするならば 腐りかけが一番美味しいともいえる。 私は、この腐れ縁の道の先に ひょっとしたらうまい話が転がっているのを 見つけるかもしれない という秘めたる打算を 頭の中で少しく弾いてから 雑技団よろしく宝刀の柄を 元の胃の中に収めた。 しかし聞けばこの女、夕べも遅くまで 会社の付き合いで飲み過ぎたために この不祥事をしでかしたとのことである。 であるならば、何故に重ねて酒を呑もう などという発想が出てくるのであろうか。 昼間から吞んで吞まれて呑まれて呑んで 微睡み、目を開けると見知らぬ天井。 ぐるり見れば、そこは寂れた倉庫。 半裸に剥かれたクロ子の両手両足は 安っぽい手術台に固定され 周りにはどう見てもカタギではない男たちが 不穏な笑みを浮かべている。 その間を縫って腰の曲がった初老の小男が キャスター付きのテーブルを 押しながら現れる。 テーブルの上には赤茶けたサビの浮いた 不衛生そうな鋏やメスがズラリ。 クロ子は漸く己の置かれた状況を悟る。 なんということか。 酩酊の末に路肩に酔い潰れ そこに通りかかって 自分の介抱を引き受けたあの紳士が 実は臓器売買の闇屋だったなんて。 そういえば、アカリは一体どうしたんだ? 友人のかかる異常事態を鑑みて警察を頼り 今まさに直談判を終えて助けをこちらに 寄こしている最中であろうか? いや、あの薄情者のことだ。 さては、酔いつぶれた私を よりによってこんな治安の悪い 浅草の路地裏にほっぽり出して お一人様でご帰宅しやがったに違いない。 許すまじき外道だ。 畜生の人非人め。 こうなったら末代まで祟ってやる。 例え私の臓腑が世界を駆け巡ろうと 恨みを宿した腎臓・肝臓が 移植者の意識を乗っ取り 必ずあの裏切り者を追い詰めるだろう。 そして無情にも夜の刻は 犠牲の嘆きを嘲笑うかの如く過ぎ去り クロ子の呪詛は倉庫を覆う 黒い靄と一体になって黄泉を流転。 一回りして浮世に辿りついたその怨念は 竜の口、獣の口、偽予言者の口から 三つの汚れた霊として顕現。 それらはアカリを見つけるや否や あっという間にかっ攫い、憐れ彼女は ハルマゲドンという巨大な厄災の中に 呑み込まれ消えてしまった。 アカリの行方は、誰も知らない。 なんてことだ。 話が黙示録にまで発展してしまった。 ええい、ヨハネ黙示録十六章のことなど 誰が信じるものか。 ともかくクロ子は想像力が足りないのだ。 かかる事件の待ち伏せの可能性を 露とも考えず 泥酔に泥酔を重ねようとは、何たる暗愚か。 離島生まれのこの女は、所詮 本土の土を踏むようにはできていないのだ。 そういえば、彼女の父親というのも 聞くところによると 津波にサーフボードを持ち出すような 向こう見ずの蛮族だったではないか。 クロ子も親譲りの無鉄砲で 子供のころから 損ばかりしているに違いない。 全くとんだ坊ちゃんである。 二階から飛び降りて 腰を抜かす方がまだしも健全だ。 「仲見世通りでお酒片手に 食べ歩きでもいいんじゃないの?」 「それじゃ飲みって感じがしないじゃん。 日中の酒場の雰囲気がいいんじゃん」 彼女は尻を落ち着けて飲むことに拘り 一向に譲らない。 どうやら、そうすることで 社会から這放たれた背徳感を より一層堪能できるという腹積もりらしい。 私は呆れ果てた。 そんなインスタントなアナーキズムのために どうして肝臓と休日を 潰さなければならないのか。 しかも彼女の示す酒場は 仲見世通りから大きく外れたところにある。 わざわざ浅草まで来たのにも関わらず どうしてそんな 僻地まで行かねばならないのか。 それより私は、スカイツリーに登って 蟻のような人混みを眼下に据えて トロイアを見下ろす ゼウスの気分など味わいたかったのに クロ子は全く取り合わず 気付けば通りを外れて 裏路地をズンズン進んで行った。 やんぬるかな、私は観念して 偽予言者候補の後を追いかけた。 🍎アカリ🍎 X *⋆⸜𝐧𝐞𝐰⸝⋆*公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁 ※公式LINEが凍結されてしまいましたので お手数をおかけいたしまして 恐縮ではございますが 再登録をお願いいたします。 ※9月後半はお休みいたします。ブログ一覧
-