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Blog@arabian
あんしんの国【上】――その一枚を境に 世界は静かに反転した。 未だ私は巡礼者。主を頂けど足が定まらず。 この場合の主とは 一番馴染みのある美容院のことを指す。 そう、私には 美容院ジプシーの側面があるのだ。 気になる美容院を見つけては つい飛び込みで入ってしまう。 好みの作家が決まっているのに 見慣れぬ新刊をとりあえず買ってしまう あの積み本症候群に似ている。 まあ私の行脚した美容院は 積まれないだけマシだ。 そんな自分への免罪符を心中に貼り付けて その日も私は、駅前通りから 一歩入った通りにポツンとある 静かな外観の美容院へ入った。 当たりだ。 椅子に案内されてから、そう思った。 木を基調にしたナチュラルモダンな内装は 隅々まで手入れが行き届き 案内された木製の椅子の肘掛けは 窓から降り注ぐ日差しを存分に浴び 新緑を芽吹かせそうな勢いで 白光に色めいて より一層力強く木目を主張させていた。 布かれたクッションは 夏を存分に吸い込んで暖かく体を迎え スタンバイ中の私は 北欧の麗らかな森の湖畔に 佇んでいるかのような夢心地にあった。 段々とふわふわした気分が 内側を満たしていく。 このままエルフたちに連れられて 空へと吸い込まれていくんじゃないかしら。 そうして自然と天井近くへ 目線が上がっていった。 そのまま真上に辿りつこうかという その途中。 私の目は、ある一点に固定された。 天井近くの、梁の付け根辺りに それはあった。 木から浮き出たように 或いは埋め込まれたように張り付けてある ボロボロの紙片。 細かく大胆に刻まれた墨の線は 掠れても尚 否応なく見るものの目を引き付ける。 お札だ。それも相当に古い。 色が焼けて茶褐色に変色したそれは そのまま境界を曖昧にして 初めから木の一部だったようにも見える。 しかしてそこに記された筆致だけは 生きているかの如く力強い。 天から仁王の形相でこちらを睨みつけ 下界を監視しているようだ。 一転して不穏な空気が肌を撫でまわす。 監視の気配は天井付近だけではない。 嫌な予感を押さえつつ その元を辿るように店内を見回した。 そして戦慄した。 どうして今まで気が付かなかったのか。 観れば壁一面、鏡の端、ドライヤー置き場に シャンプー台の裏、ガラス扉の内側にも 額縁のように並んでいる、それら。 札は、ありとあらゆる場所に現れた。 いや、あったのか。 もはや、その判別が、私には付かない。 ほんの数舜前まで楽園の畔だった店内の 優美なる化粧は音なくして崩れ落ち その下から黄泉の地肌が覗く。 たったひとつの異質に 気付いてしまった途端に その異質は連鎖し、空間を埋め尽くし 生暖かい冥府の風が私を椅子に縛り付けた。 一体ここは何処なのか? 何をする場所なのか? 私は美容室の扉を開けたはずだ。 断じてパンドラの箱など開封していない。 落ち着け。 そもそも札というものは 霊を鎮めるためのもの。 往々にして悪しきものではない。 その対極である。 問題は、その札が何故 こんなにも必要なのかということ。 それは、逆説的に考えれば ここにそれだけ霊が、鎮めるために これだけの処置をせねばならぬ邪気が あるということ。 頭の中で貞子と加耶子が 山本美月を媒介に合体し 貞加耶子になって雄たけびをあげた。 そして、化物には化物を ぶつける理論でもって フレディとジェイソンに白羽の矢が立ち 彼らはマコーレ・カルキンを媒介に合体し ジェイディ(JD)となって貞加耶子と戦い なんやかんやで結局融合して JD貞加耶子となる。 JDとして大学へ通うことになった 貞加耶子は、学生たちを 恐怖のどん底に突き落としつつも 意外に真面目に授業に出席。 しかしジェイソンの 頭の悪さが影響して単位が取れず 四回留年した挙句に退学となる。 ショックを受けたJD貞加耶子は 勢いで元の四人+二人に分裂し 各々はなんとなく 自分の世界へ引き返して行った。 八年分の学費は、なんとなくの流れで 瀬戸康史が負担していた。 金を工面するために 瀬戸康史はとてつもなく働いた。 それが功を奏して 単独主演の映画が立て続けに大ヒットした。 「瀬戸康史・0」 「瀬戸康史・バースデイ」etc… 来年には、「瀬戸康史・3D」 が公開される予定だ。 そして瀬戸康史は、自分でも知らぬ間に JD貞加耶子を越える 巨大霊になりつつあった。 とかなんとか。 まずい。 妄想に拍車がかかって思考が乱されている。 これも、ここに封じられている 邪悪な霊の瘴気の影響だろうか。 おそらくそうに違いない。 🍎アカリ🍎 ꫛꫀꪝ✧‧˚X 公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁ブログ一覧
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猫舌の夏 【下】ところがある日、驚いた。 テーブルの下で 蝉がけたたましい鳴き声を上げている。 何事かと覗けば、カズチーの後ろ姿。 そして振り返った彼の顔。 なんと悍ましい。 半死半生の蝉を咥えて ご満悦でいらっしゃる。 するとカズチー、ふっと顎の力を緩めた。 途端に、蝉は命懸けの離脱を試みる。 させぬとばかりにまた咥える。造作もなく。 その動きの俊敏さ、神経の鋭さに 戦慄すら覚える。 そしてカズチーはまた離す。咥る。 離しては咥え、また離す。 キャッチ&リリースならぬ キャット&ビリーヴ。 この場合のビリーヴは 蝉の生への切なる願いとでも言おうか。 しかし、その祈り虚しく 蝉の体積はみるみるうちに削れていく。 まるで過負荷に圧縮されるように。 小さく小さく。 命の器として機能しない程に 頼りなくなるまで。 そして、もはや残骸たる最後の一欠けら。 それをカズチーは、バリバリと頬張った。 食べた。 蝉は、七日を待たずして、猫の胃に堕ちた。 その時のカズチーの あの恍惚たるエビス顔。 ひょっとしてこいつ 蝉が一番の好物なんじゃないかしら? ともすれば、タダより安いものはなし。 急がば廻らず全は急げ。 私は網籠を携えて家を飛び出し 早速 近場の公園の木々を狩って回りました。 ちょうどよく、季節は夏でありました。 成果、大量。四匹、捕獲。 さあカズチー、ご照覧あれ。 これらはお前の大好物。 蝉をカズチーのケージに放ち 彼はそこに躍り込む。 狂喜乱舞の猫じゃらし。 宴に駆られる儚き命。その死神の美しさ。 私は子供特有の残酷さでもって カズチーの狩りに加担し 蝉の七日を次々終わらせ 夏を早めていきました。 樹の幹を羽根に彫刻し 耳朶を揺らす鋸色の音は 真夏の陽炎の、風のみ残す白影に 覆われる毎に花と散り 落ちた欠片は脂の濃く 渋色滲んだ枯葉が如く ぽつりぽつりの虫食いは 夏空に空いた穴の様 泡沫の季節滑車を乱し 咲いて乱れて散り乱れる 樹の羽のゼンマイ尽きては落ちて 赤いヤスリに巻き取られ 陽よりも熱き池の中 ひとつひとつと堕ち満たす 仕手の私は征服者、真夏を平らぐ猫の主。 翌日、カズチーはお腹を壊した。 私は母から執拗な尋問を受ける。 「あんた、一体なに食べさしたの!?」 「…蝉」 「なっ…!?」 「カズチーが美味しいっていうから」 「猫が喋るもんかね!」 「お母さんだって喋ってたじゃん!」 「あんた、また屁理屈ばっか言って!」 「先にヨーグルトだの椎茸だの 悪食を拵えたのはお母さんじゃないか!」 「あんたね!蝉なんか食べて 寄生虫でも入ったらどうするつもりなの!」 私の脳裏にゾンビ犬の姿が浮かぶ。 体中から触手が突き出した、恐ろしい犬。 カズチーも、あんな風になるのかしら? 「ノーベル化学賞…」 迂闊に意味不明の呟きをしてしまい しこたま怒られた。 その晩、お父さんの車に乗って カズチー、初めての動物病院。 結果、寄生なし。 順調に消化不良とのこと。 ひとまずの安堵&ノーベル化学賞の挫折。 カズチー、その後すっかり懲りたのか 動くものを捕らなくなった。 昔だったら鼠も取らぬ猫などお祓い箱だと 山に捨てられていたことだろう。 それはそれで 元々山のものが山に還るのだから 原点回帰ということになるのだろうか? しかし カズチーは山猫ではなく家猫である。 カズチーが黒猫ヤマトだったら 日本中どこでも生きていけたのかなぁ。 家の縁側に寝そべりながら 私は残り少ない夏休みを 下らない哲学に費やして 安寧を貪っていた。 そこへ、カズチーがやってきた。 あの一件以来 随分と狂暴性のなりを潜めた彼が 私の膝元に顔を擦り付け ゴロゴロと喉を鳴らしている。 私はそんな彼をおもむろに抱え上げると 目線の高さを合わせて 真正面に据え付けた。 「カズチー。 お前の名前はね、私が付けたんだよ。 武御雷。 高天原ってとこにね 天津神っていう日本の神様が沢山いるの。 その中で、最も武に長けた神様なんだよ。 だからね、お前はもっと 武士然としてなくちゃダメなんだよ。 何でもかんでも食べるなんてのは 武士のすることじゃないの。 武士は食わねど高楊枝っていうでしょ? 武士でも、神様でも 食あたりには勝てないんだからね。 お釈迦様だって、腹痛で死んだんだからね。 あと、多分 寄生虫には誰も勝てないんだからね」 今ではカズチーもブクブクに太って ゴロゴロするだけのお爺ちゃんだ。 隣で丸まっているカズチー。 この実家で、昔、猫相手に 真面目に寄生虫の話を説いたことが 可笑しくも懐かしい。 …この夏、私が今、帰省中なだけに。 お後がよろしいようで。 🍎アカリ🍎 ꫛꫀꪝ✧‧˚X 公式LINE ✉️arabi_akari_otoiawase@outlook.jp ご予約詳細は🈁ブログ一覧
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