女心は青い鳥
原作:吉田 静雄


第2部女心の把み方 はるかなる路
 四、路は、さらに遠く…

 キャノンさんちで技術屋の卵として頑張っておった金次郎。そんな私にとってとっても嬉しい、それこそ夢のような幸せがおとずれます。それはね、会社の昼休みにどうした訳か同じ職場のそれはそれは綺麗なコ。このコが毎日私の机の所へニコニコして遊びに来るんです。
皆さん、キャノンさんちではね、精密機器の製造販売といった会社の性格上、職場は女の子だらけ。右を見ても左を見ても若い女のコ。思わずヨダレが出てしまう。そんなうらやましい環境でさえあるんです。でもほとんどの女の子達はテレたり、緊張したりしてあんまり気安く男子社員の所へは寄って来ない。でもこの綺麗なコは本当に無邪気。これを例えるならメンコい妹が兄貴の所に気軽に遊びに来る…そんな按配だったんです。で、いつの間にか週末は必ずデート。遊園地でジェットコースターに乗ったり、博物館やら美術館、映画、ハイキング…。ホントにいろんな所に行ったんです。でもね、根が「大バカ野郎」の金次郎のことです。決して彼女に指一本さわらない…。しかもお日様がまだ西の空で呑気にタバコをふかして遊んでいる。
そんな時刻にもう彼女をちゃ〜んと家まで送って行って「さようならっ」。ホントにもう「こんな大バカ野郎は、コンクリート詰めにして即、東京湾の底に沈めてしまいたい!」こうさえ思ってしまうではありませんか。ですから当然にしてこの綺麗な彼女、真由美ちゃんっていったんですがね、彼女に新しい恋人が出来てしまいます。彼氏は私より年上でそれこそ「かゆい所に手で届くように女心を知っている」。これはもう今年入門したばかりのフンドシかつぎ、こいつがバカバカしくも古今無双の大横綱に勝負を挑む…。どう考えたって勝てっこありませんよね。でも金次郎の心の中は「この世には、ちゃ〜んと神仏というものがいるのだ!」。こうなっておりましたのよ。そしてついこの前、散々にこの神様に裏切られ、結果として幸子ちゃんの手も握れなかったこの苦い思い出。そんな事さえすっかり忘れ果てている。ホントにまあ、この忘れっぽい性格を的確に表現するなら、「ニワトリか、ハムスターみたいな奴」。こうなるんでございます。ですからね、金次郎の心の中は「なんにも言わなくたって、俺がただ一心、ただひたすらに頑張って彼女の為に仕事をしておれば、ちゃ〜んと神仏が二人を一緒にしてくれる!」、こう信じ切って、ただひたすらに頑張った。そんなアホの金次郎。頑張り過ぎて、いつの間にかド近眼。平成の金次郎はメガネ付き。それにもめげずひたすら奮闘努力に明け暮れたんです。
でもまあ、あれですよね皆さん、当時の事を思い出すたびにこう思うんでございますよ。「若さって、ホントに純粋だなぁ!」って。

 そしてこんなネコがカン袋にブチ込まれたような…前にも進めず後にも引けない。そういった状態がなんと九年もの永い間ずっとずっと続いて行ったんです。しかし物は考えようでございましてね、この九年という永い間、ただひたすらビジネスに対峙した。この事が、私がキャノンさんちを辞めた後のいろんなビジネス上の勝負で「百戦百勝をする基盤となった」。こう思って今ではあの真由美ちゃんにも、そして私の切ない願いにシカトして、知らんぷりを決め込んだとんでもない神様、仏様にもちゃ〜んと感謝をしているんでございます。

 でもね皆さん、彼女がめでたく寿退社したその時には、流石の金次郎が精も根も尽き果てた。これで「神様も仏様も…この金次郎がブン殴ってやるっ!!」、思わずこう叫んでしまったんです。あ…そう言えばね、このように私は神様、仏様にはプンプン腹を立ててしまったんですが、「真由美ちゃんには、ちっとも腹が立たなかった」。それどころか「真由美ちゃん、幸せにね」と私は心ひそかに彼女の幸せを祈ってしまったんです。

 このようにして、一度も手を握ることもになく、また九年もの永い間、毎日のように顔を見ながら言葉を交わす事もなかった…。そんな不思議な関係の金次郎と真由美ちゃんがなんと約二十年ぶりに電話でお話をしたんです。これはね皆さん。ある日私が何気なく新聞を読んでたら隅っこの方に「初恋の人捜します」なーんて調査会社の広告が出ておったんです。これを見たとたんに私の頭の中に明るい電燈が「パッ!」と輝いたんです。で、早速この会社にお願いをしたら、なんと立派に真由美ちゃんちを捜し当てた。
 「もしもし…。吉田と申しますが…」
 「えっ!? どちらの吉田さん…ですか!?」
 「はい。ずっと昔にキャノンで大変お世話になりましたあの吉田…」
 「あらっ!! お元気ですかぁ〜!」

 それはもうホントに明るくって元気で、二十年近い年月が経ったのがウソのよう…。そんな懐かしい真由美ちゃんの声だったんです。で、思わず私はこう叫んでしまった。「近いうちに是非お会いしたいですねっ!」、するてぇと真由美ちゃんも「ええ。近くにいらっしゃったら是非お電話下さいねっ!」、なーんて言ったまま、いつしか又三年近い歳月が流れて行ったのです。いつの日か、またあの青春の日のように私と彼女の出会う時が有るんでしょうか?

 さてさて、ではこのキャノンさんちの真由美ちゃん。この素晴らしい女性の女心をどうして私は把む事ができなかったのでしょうか?この点についてちょっと検証してみましょうね。で、まずは第一ポイントの相性。これが今頃になってよ〜く考えて見れば大ハズレ。あのね皆さん、これは良し悪しの問題じゃあございませんのよ。当たり外れの問題…「そんじゃあ、おめえ、どっちかって言ったら当たった方がいいじゃねぇか」。読者の皆さん、そんな能天気な事をおっしゃってはなりませんのよ。何故ならちょっと当たりハズレについて考えてご覧なさいませ。例えば隣の単身赴任のオヤジがですよ、三日も前に作ったサバのミソ煮、こいつを今日になって喰ったら見事な「大当たり!」。ほらっ!当たりだってちっとも良くありませんよね。ところで皆さん、女たらしのお釈迦様だってこうおっしゃっておられますがね。「世の中、良い悪いにこだわるとロクな事がないぞっ!」と。

 えーでは、本題に戻りまして金次郎君と真由美ちゃんの相性はどうしてハズレだったのか?この点について申し上げますと、「慎重派の金次郎君のリードでは、行動派の真由美ちゃんが欲求不満に陥ってしまった」、この事なんでございます。でもホントに我ながら不思議なんです。この自分の女性に対する態度の情けなさ…。これが女性じゃなくって相手が男だったり、あるいは商売なんかですとね、自分でもタマゲてしまう、それほどまでに私は大胆不敵。ですからどうかするとお天道様をつかまえて「悪いけど明日の朝は東じゃなくって西の空から昇ってくれませんかね!?」なーんてソラ恐ろしい事を平気で言い出しかねない。そんなとんでもねぇ奴だったりするんです。ところがこの度胸の良さが何故か女の子の前に出ると、これっぽっちも出て来ない。ホントに不思議なもんでございますよね。という事でございまして、二人の相性は大ハズレであった。では次の居心地…。当然にして欲求不満の真由美ちゃんの居心地が良い訳がありませんよね。でも金次郎君としては真由美ちゃんと一緒にいる事がとっても楽しくて本当に幸せであった。
そして世の中、この組み合わせって意外に多いんです。で、世の中片想いやらストーカーが大発生。こうなります。ですからどちら様も十分に注意をして、この深くて暗〜い落とし穴に「スッテン・コロリン」落っこちないよう、十分に御注意なされて下さいませ。さて、では最後の女の子のメリット。これも当然にして真由美ちゃんにとっては「な〜んにも無しっ!」でも私にとっては本当に嬉しくて幸せでメリットだらけであった。そしてさらに結果として、9年もの永い間必死に仕事に明け暮れた。このお陰でビジネスの勝負カンを養うという点でも『とんでもなく沢山のメリットが有った!』皆さん、昔の人は言いました。「若い時の苦労は買ってでもせよ」と。さてでは、重要な三つのポイントによる検証はこのぐらいにして、次はコーヒー牛乳屋さん、つまりお釈迦様と孫子大先生の説かれる「百戦百勝の女心の把み方」。これによって真由美ちゃんの事例研究を検証して見ようではありませんか?

 ではまず、お釈迦様の必殺、クドキのテクニック。『優しい心』です。ところでこの優しい心の定義をもう一度思い出して見ますと『自分の立場への執着を切り離し、相手と自分との真ん中(中道)に立ち、冷静・客観的に自分と相手双方の立場を見定める心』。こうなっておりました。で、かつての私の心をこの定義に照らし合わせて見ますと、これは残念ながらとっても自分の立場への執着を切り離していたとは云えなかったんです。それどころか、自分の立場のみに執着し、コリ固まって「なんとか彼女を自分のものとしたい」。これでは結果として私の心が、彼女との真ん中(中道)に立てる訳がなく、当然にして冷静・客観的な観察も彼女の心の動きを見定める事も出来なかった。この事から結果として云えるのは、私のあの永い間の彼女に対する心は、自分の我欲にコリ固まった「身勝手な心」であり決して「優しい心ではなかった!」。では彼女にとって私のあの頃の心とは一体何か?するてぇと、この私の心について彼女は…。「余計な押し売りはしないで私の事はかまわないで欲しいわっ!」、当然にしてこうだったんでございます。でもまあ…当時の私は女の子とのエッチの経験どころか、女の裸も見た事がなかった。これではとっても素人で19才、しかも行動派の女の子をちゃんとリードする、なんて絶対に不可能な事であった。こう反省せざるを得ないんですがね。さて、では次に孫子大先生の極意に照らし合わせて見ると、私と真由美ちゃんの関係はどんな結論が出るでしょうか? 
ではちょいとこの件については、私の心の奥に住んでいらっしゃる、孫子大先生の家。ここへ出掛けて直接お話を伺ってみようではありませんか。
その前にちょっと余談になりますがね、この孫子大先生の家も、お釈迦様の家も、神様の家も…皆さんが「よし!俺の心の中にも孫子大先生、お釈迦様、神様たちの家を作ってやるべ」こう考えたとたんに、あら不思議「パッ!!」と立派な三軒の家が皆さんの心の中にちゃ〜んと出来てしまうんです。そしてこの事をどっかのエライお方が「信ずる者は救われる!」なーんておっしゃったようではございますがね。ですから「バカヤロー、おらあ、そんなもんは金輪際信じねぇぞ!!」こうなりますと、神様、お釈迦様、孫子様、この御三方の家も立ちようがない。こうなりますのよ。でもまあ、世の中にはイロんな神々の御親戚やら、お釈迦様と御同業の皆さん、孫子大先生とのライバルの方々…と沢山いらっしゃるようですから決して「このお方でなくっちゃあならない」という事はありません。でもね、これだけは言えると思うんです。

 それは「ビジネスをするんだって、弁護士やら会計士…等の専門家の知り合いがいた方が商売はうまくいく」。この事なんでございます。でもね、実際問題としてビジネスでこういった専門家のお知恵を拝借すると決してタダ…とは参りません。ところが、でございますよ皆さん、自分の心の中に勝手に作っちまった神様やらお釈迦様、孫子様…。こういった方々のお知恵をいくら拝借してもこれは「ぜ〜んぶタダっ!!」。どうか皆さんもこのようにタダで好き放題に知恵を貸して下さる偉大なる専門家達の家。
是非作られて下さいませ。それとね、別にこの家を作るために皆さんがどっかの神社やらお寺に行ってお金を包み「どーかこれであっしを神仏の弟子にしておくんなさい」、そんな必要もありません。つまりは神様、お釈迦様、孫子様の直弟子になること。ですからこういった心の中に作る家も結果としてタダ。このようにして私の心の中には有り難くも、もったいなくも大助かり…。そんなボランティアの神様、お釈迦様、孫子様の家がちゃ〜んと三軒建っておるんでございます。なーんて言っておるうちに、やって参りました。孫子大先生の家の前です。
 「もしもし…。大先生いらっしゃいますか?」
 「うむ…。誰じゃな?」
 「はいはい。御無沙汰をいたしておりましたが、弟子の吉田でございますよ」
 「…入るが良い」
あのね皆さん、兵法の大家なんてお方は、あんまし愛想やらは良くないんでございますのよ。
 「大先生、お忙しい所申し訳ないんですがね…」
 「ふむ?」
 「かつて私がキャノンさんちで真由美ちゃんにすっかりフラレてしまった。これを兵法に照らし合わせると、一体どうなりましょうか?」
 「答えて曰く。勝者はまず勝ちてしかる後に戦いを求む。しかるに敗者はまず戦いてその後に勝利を求むなり、と」
 「あのね大先生、そんな大昔の言葉使いなんかなされてはいけませんのよ」
 「むむっ!?」
 「もっと簡単に、そうです。今日びはやりの茶パツ・ガングロの山婆ギャル。こういった人達でもすぐに分かってしまう。そんな分かりやすい御解説をお願いできませんでしょうかねっ?」
 「ふむ。なれば…これでどうじゃ。つまり我が兵法の極意に照らすなれば『女との戦いを始める前に勝つ段取りをすべし』と。お前にもちゃんと教えた筈である。しかるにあの場合は勝つ段取りどころか女子の方が先手を取ってそちの方へ攻め寄せて来おった。これではまず勝てる訳がないのう」
 「なるほど…でございますねえ。全ては先手必勝でござりまするなあ」
 「うむ。このゆえに、あのような結果として失敗する戦いは最初からすべきではなかった。こう悟るが良いぞ」
 「全くおそれ入ってございます」
 「さらにじゃ、わしは教科書にもちゃんとこう書いて置いた。すなわち『兵は拙速を尊ぶ。いまだ功の久しきを見ざるなり』とのう」
 「悪いですがね、大先生…」
 「うっ…!? おお、そうじゃった。もっと簡単にとのう。つまりじゃ、そちの失敗はやむを得ないとしても、あのように9年もの永い間片想いでウロウロしてはならぬのう」
「これは全くその通りでございますねぇ…」
 「さらに考えても見よ。永い間お前にしつこく想い続けられた女子の方にすれば、愛情の押し売りでこれはとんでもない精神的な迷惑をこうむったのじゃぞ」
 「ホンニ、耳の痛いお言葉ですこと」
なーんて事でございましてね。真由美ちゃんとの戦いは「金次郎の負けっ!!」、こうなるんでございます。



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